可視化技術の分野横断的活用

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<スペシャル対談>可視化技術の分野横断的活用

メディア学部では、コンピュータグラフィックスの技術を使って、大規模で複雑なデータを視覚的に解析できるようにする「可視化」の研究を進めています。ここでは、本学部で、可視化研究に取り組む竹島由里子教授と、情報経済に関する研究を専門とする榊俊吾教授が、「可視化技術の分野横断的活用」について語り合った対談の様子を紹介します。

■データを画像化して新たな発見をもたらす可視化技術

動脈瘤の可視化(データ提供:東北大学流体科学研究所 太田研究室)

:ビッグデータの活用の拡大など、近年のICTの進歩に伴い、数値データや情報を「可視化」する技術の幅広い分野での応用に関心が高まっています。私が専門にする経済分野でも、可視化で新たな学問的地平が拓ける可能性があるので、本日の対談を楽しみにしていました。まずは、竹島先生が取り組んでいる可視化研究について聞かせてもらえますか。

竹島:はい。CG技術で大規模な数値データを画像に変換し、視覚的な解析を可能にするのが可視化ですが、私の研究のひとつに「動脈瘤」の可視化があります。これは、血管にできた動脈瘤というコブが、どのくらいの血液の圧力で破裂するかを知り、その防止法の解明をめざす研究です。三次元の動脈瘤画像を作成し、血液の流れを数値計算してCG化することにより、観察機器を使わずに圧力場を観察できるようにしています。そのほか、飛行機の翼の設計を最適化することを目的とした、風洞の空気の流れを可視化する研究なども行っています。

:単に見えないものを見えるようにするだけではなく、新たな現象を見つけ出したり、事象の因果関係を明らかにしたりすることに大きな意味があるのですね。経済や経営など社会科学分野の学問では、意志決定に役立つエビデンスを提供することが重要ですが、そうした目的で可視化を役立てている例は、私の知る限りあまり多くありません。しかし、分析の結果をわかりやすく提示するために、数値データからグラフを作成する可視化は頻繁に用いられています。例えば経済分野では、あるデータの合計値の変化に対して、その内訳となる個々のデータがどのくらい貢献しているかを表す「寄与度」という指標がよく使われます。これを把握する際に、数値のグラフ化は非常に有効です。

寄与度に関するグラフ例(経済産業省「商業統計」から作成)
百貨店とスーパーの二業態での、売上構成品目別の寄与度の推移を、バブル崩壊前後を含む1980~90年代の時期で作成。
グラフからは、百貨店では主力の衣料品がバブル期に成長率を大きく押し上げ、逆にバブル崩壊後にマイナス成長を助長し、その後の長期低迷の主因になっていることがわかる。
一方、スーパーでは、主力商品の飲食料品がバブル崩壊後の落ち込みを最小限に緩和している。このように、寄与度をみることにより、二業態の実態的な特性の違いが視覚的にもよくわかる。

竹島:グラフ化は、一番身近な可視化の例ですね。数字だけだとわかりにくいデータをグラフにすると、全体の傾向や変化の様子をつかみやすくなります。このデータが大量となり、変数も増えた場合や、物事の関係性などを把握したい場合には、単なる二次元・三次元のグラフでは収まらなくなります。そうなるとCGなどを駆使した高度な可視化技術が威力を発揮します。

:竹島先生が取り組んでいるのは、そのような可視化技術なのですね。それに比べたら、私が研究で多用するグラフ化の手法はシンプルですが、“データの見せ方”で印象が大きく変わるので、作成には注意が必要ですね。客観的な事実を見せることが重要なのに、グラフ化によって事実を歪めてしまいかねない。

竹島:そうですね。私の研究室でも、数値データを見栄えの良い3Dグラフにしたがる学生は多いです。しかし、3Dにすると奥行きが出てしまい、数値の正しい比較ができなくなります。可視化を行うときは、常に正しいルールに則るよう、指導を徹底しています。

■世の中のあらゆる情報が可視化の対象に

楽曲特徴量を考慮した音楽の画像化と選択システム

:竹島先生は、これまで自然科学分野の数値データの可視化を主な研究テーマにしてきたということですが、社会科学や情報科学分野における可視化研究は、現在どのような状況なのでしょう。

竹島:はい。そうした分野で行われている可視化は、「情報可視化」と呼ばれます。対象は、為替や株価の変動、コンピュータのlog、SNSの投稿など、“何でもあり”です。この情報可視化の取り組みは、2001年に起きた9.11テロをきっかけに活発化しました。当時、テロ発生の兆候を示すデータはあったものの、それをうまく解析できなかったために防げなかったという反省があったからです。以来、社会現象などの“数字でないデータ”の可視化を研究する人が、世界中で急増しました。

:竹島先生の研究室でも情報可視化を行っていますか。

竹島:はい。代表的な研究としては、他大学と共同で進めている「裁判の可視化」があります。裁判員裁判などで用いられるデータは、バラバラのフォーマットで作成されているのが現状です。それをわかりやすくするための、統一して入力できるシステムの開発に、可視化技術を利用しています。また、「Twitterのつぶやきの可視化」や、楽曲のイメージを画像化する「音楽の可視化」といった研究も行っています。

:興味深いですね。私が研究で用いるデータのひとつに、日本の産業構造を総体的に明らかにしたり分析したりするために、各産業における生産・販売額などをマトリックスの形でまとめた「産業連関表」という統計表があります。経済分野では非常に重要なデータなのですが、このマトリックスを一目で見る方法はないのです。これを可視化できないものでしょうか。

竹島:私たちの研究アプローチが、役に立てるかも知れませんね。膨大なデータを俯瞰的に捉えるのに、可視化は有効ですから。データの全体を見たうえで、気になる部分をより詳しく分析するなど、研究を次のステップに進めるための足掛かりにもできます。

:なるほど。そのほか私の研究室に、ある地域から他地域への人の移動手段などをデータ化する「パーソントリップ統計」を研究している学生がいます。大量の情報を含むデータを扱うため、全体像をつかむのが難しいのですが、可視化技術がヒントを与えてくれる可能性がある。今度、竹島先生のところに相談に行かせても良いですか。

竹島:もちろん、大歓迎です。

■幅広い視野で可視化研究を推進していきたい

:今までの話で、可視化という技術が、自然科学、社会科学を問わず、幅広い研究推進の力になることが確かめられたように思います。また、それとは別に、可視化には、ある政策的な目的を達成するための有力な手段として活用できる、大きな可能性があることを感じました。例えば、今年、アメリカに巨大ハリケーンが迫ったとき、到来が予想される都市の一角に立つレポーターの映像の上に、洪水が発生した場合の予想水位をリアルに表現したCG画像を重ねたニュースが流されました。視聴者に危険を実感させ、災害への備えを促す、見事な“リスクの可視化”の好例だと感心しました。

竹島:今、可視化をうまく使っている例は、気づかない場所にたくさんあります。ビジネスでの実用例のひとつとして、コンビニ来店者の店内での動きや滞在時間などのデータの可視化があります。これを商品の配置やスタッフのシフト管理に役立てているのです。また、クレジットカードの不正利用履歴の可視化を行っている研究者もいます。これはカード会社のニーズから始まった研究ですね。

:可視化が役立つフィールドは、無限に広がっていそうです。ただ現時点では、特に社会科学や情報科学などの領域において、可視化技術が本来持っているポテンシャルをまだまだ生かし切れていないのでは、とも感じています。どう活用していくかは、これからの課題ですね。

竹島:そうですね。東京工科大学のメディア学部には、幅広い学問分野に渡る多くの研究室があり、多彩なアプローチで研究が行われています。今後、分野横断的なコラボレーションも視野に入れつつ、新たな可視化研究を展開していけたらと思います。

:メディア学部らしい先進的でユニークな研究成果が期待できそうですね。