アニメ・映画制作の柱と設計
■より身近になった映像コンテンツ
アニメや映画といった映像コンテンツを楽しむことは、今では多くの人にとって生活の一部になっているといっても過言ではありません。「ハリー・ポッター」シリーズや、「スター・ウォーズ」シリーズといった実写映画はもちろん、「鬼滅の刃」「アナと雪の女王」「君の名は。」など、アニメ作品がニュースメディアなどでも取り上げられ、社会現象と呼ばれることも珍しくありません。こういった映像コンテンツは、少し前まではテレビ放送やDVDなどを自宅で楽しむ、または映画館に足を運ぶことが一般的でした。しかし、この10年ほどで「Netflix」や「Amazonプライムビデオ」などの映像配信サービスが普及し、空き時間などにスマートフォンで映像コンテンツを楽しめるようになりました。
これらは、映像コンテンツを制作する側にとっても大きな変化だと言えます。これまでテレビや映画、そしてそれらのDVD化が主戦場だった映像コンテンツ制作に、各種映像配信サービスのオリジナル作品をはじめとする配信専用コンテンツという道が生まれました。また、「ニコニコ動画」や「YouTube」といったプロのクリエイターでなくても作品発信ができる環境が整ったことにより、映像コンテンツ制作自体もとても身近になったといえるでしょう。
■映像制作工程のデジタル化
メディア学部が生まれた1999年頃は、ちょうどテレビアニメがセル画を用いたアナログアニメから、コンピューター上で彩色・撮影等を行うデジタルアニメに移行する過渡期でした。PCの普及・高性能化や、映像制作に関するソフトウェアの発展によって、映画やアニメの制作工程も次第にデジタル化していきました。
皆さんが普段楽しんでいるアニメや映画は、主にプレプロダクション工程、プロダクション工程、ポストプロダクション工程の3つの段階を経て制作されています。この中でもプレプロダクションは、企画書に始まりシナリオ、設定資料、キャラクターのデザイン、そして絵コンテなどの中間生成物を作り出す、いわば映像コンテンツの設計段階ともいえる重要な工程です。しかし、多くの工程がデジタル化する一方で、あまりデジタル化が進まない・デジタル化しづらい要素を多く含むのも、このプレプロダクション工程なのです。もちろん、例えば従来原稿用紙に鉛筆などでシナリオを書いていた作業を、PCのワープロソフトで執筆するようになったり、紙にペンや筆で描いていたキャラクターデザインを、ペンタブレットを使ってPC上で行うようになるなど、道具の変化は起きています。しかし、プレプロダクションの本質は映像コンテンツの設計です。クリエイターが頭の中で膨らませた想像を、他人に伝わる形に具現化する作業自体は、デジタルアニメへの過渡期の中でも大きな変化は無かったのです。
プレプロダクションの中でしっかりと設計すべき重要な要素に、シナリオ・キャラクター・ミザンセーヌ(演出)の3つがあります。アニメや映画などの映像コンテンツでは、作品全体を通して伝えたいテーマや、それぞれのシーンで伝えたい雰囲気を、当然ならが全て映像にしなければなりません。このテーマや雰囲気が視聴者にしっかり伝わるように流れを作るのがシナリオ執筆です。また、キャラクターは行動や台詞でこれらのテーマや雰囲気を視聴者に伝える役割を担っています。このように、シナリオとキャラクターはアニメや映画において全てを支える2本の柱として機能しています。しかし、プロ・アマ問わず多くの人が映像制作を楽しめるようになった一方、この2本の柱の設計に関しては、細かな道具の変化はあったにせよ、作り方を大きく変えるような革新的な変化はまだ起きていないと言って良いでしょう。
その一方で、ミザンセーヌ・演出に関しては大きく変わってきています。それは、多くの作品制作にプレビズが取り入れられるようになったことです。ミザンセーヌ・演出は、シナリオとキャラクターを繋ぎ、“何をどのように見せるか”を設計する作業です。この結果は従来、絵コンテとして描き起こされていました。しかし、絵コンテも静止画と文字で表現される静的な媒体です。そのため、頭の中で設計した演出が、思い通りの効果を発揮するかどうかは、実際に映像を作ってみるまで確認できませんでした。しかし、映像編集技術やCG技術の発展に伴って、簡易的な3DCGモデルなどを用いたプレビズを取り入れることによって、事前確認や設計の検討が容易になりました。近年では庵野秀明監督の「シン・ゴジラ」のメイキングや、Unreal EngineやUnityといったゲームエンジンを用いたプレビズの事例が話題になりました。
■より重要性を増していく映像コンテンツの設計
前述した通り、映像コンテンツ制作はどんどん身近なものになっています。ただ映像を撮影するだけであれば、今は誰もがスマートフォンを使って撮影することが出来ます。映像の編集もオープンソースのソフトウェアでかなりのことが出来てしまいます。また、近年「Stable Diffusion」や「Midjourney」をはじめとする画像生成AIが大きな話題になりました。さらに、今年10月にはGoogleが短い文章からAIが動画を生成する「Imagen Video」を発表しました。これらのAIはオリジナルコンテンツの制作という観点では、まだ十分なものではありませんが、今後更なる進化を遂げて、AIによる映像コンテンツ制作が台頭してくる可能性は十分にあります。しかし、これによって人間のクリエイターによる作品制作の需要が奪われるかというと、そうはならないでしょう。近年注目されているゲームエンジンを用いたプレビズは、従来のプレビズに比べ、より高品質かつ変更が即座に反映されるリアルタイム性が大きな特徴です。これによる恩恵は、単に短時間で作れるようになるということではなく、映像コンテンツの設計や検討に、より時間を割けるようになるということです。画像生成AIや動画生成AIの進化も、より高品質な画像・動画を手軽に作れるようになることで、クリエイターが個性や才能をより発揮しやすくなると期待しています。
一方で、映像コンテンツの産業という側面で考えると、ネット配信という新たな土壌が生まれたことは無視できません。テレビ放送が主体だった昔より、映像コンテンツの消費量も新しいコンテンツに対する需要も増加しています。しかし日本には、映像コンテンツの企画を事前に評価する仕組みが十分に整備されていません。例えばハリウッドでは映画のシナリオをアナリストが評価・分析し、その結果をもとに企画が進行します。映像コンテンツを楽しめる場が増え、良質なコンテンツのより短期間・高頻度での供給が求められるようになるからこそ、映像コンテンツの設計や事前の評価をしっかり行える人材育成が重要だと考えています。
■高校生の皆さんへ
映像コンテンツ制作の勉強といえば、いろんな映画や作品を見ること、とよく言われています。ですが、ただ見れば良いというわけではありません。皆さんが好きな作品の好きなところはどんなところでしょうか?それが物語であれ、キャラクターであれ、皆さんが好きになるきっかけとなった工夫が隠されているはずです。例えば物語には、感動してほしいシーンで感動してもらうために、視聴者である皆さんの気持ちを盛り上げるための工夫が物語の展開として仕込まれています。映像コンテンツを見る際には、そういった工夫を探してみてください。どれだけ道具が発展しようとも、クリエイターが自分の想像を具現化するための設計は変わりませんので、見つけた分だけ自分の作品を制作する際の武器になります。
このWebページでは、メディアコンテンツコースの兼松先生にお話をうかがいました。
教員プロフィール
メディアコンテンツコース 兼松 祥央 助教
■私は今でこそ教員としてメディア学部に在籍していますが、もともとメディア学部に学生として入学し、大学院博士課程まで全てメディア学部を擁する八王子キャンパスで学んだOBでもあります。気づけば人生の半分以上をこの八王子キャンパスで過ごしています。もともとクリエイター志望だった私は専門学校へ進むことも考えていました。しかし、メディア学部のコンテンツ教育では単に技術を学べるだけでなく、クリエイターとしての土台となる様々な分野をバランスよく学べることがとても魅力的でした。これは教員となった今でも、メディア学部の大きな魅力だと思っています。これからメディア学部に入ってくる皆さんにも、私と同じ感動を味わってもらえるように活動していきたいと思っています。