コンピュータビジュアリゼーションの今
■専門分野の今
近年、様々な技術の発達により、日常的に膨大なデータが生成されています。このようなデータから必要な情報を入手するためには、効率的なデータの解析が必要不可欠です。そこで、データの中に潜む情報を視覚的に解析することを可能にする技術としてコンピュータビジュアリゼーション(以下、可視化と略します)が広く利用されています。可視化技術のもっとも身近な事例は、グラフです。みなさんも、数字や文章だけを見るよりも、グラフを見た方がわかりやすかったという経験をされたことがあるのではないでしょうか?
可視化分野の研究では、一般的なグラフでは表現できないような複雑なデータや大規模なデータの可視化に、コンピュータグラフィックス(CG)の技術を用いることで、対話的な解析を可能にします。可視化技術は、医療分野のCTスキャン画像の3次元解析や、工学分野の航空機や自動車など空力解析、宇宙分野の観測データ解析などの科学技術系データから、コンビニエンスストアの人流解析、楽曲の構造解析、新型コロナウィルスの感染状況解析など、多種多様なデータの解析で利用されています。可視化によるデータ解析の過程が表立って見えることは多くありませんが、様々な分野で事象の解明や情報の獲得に役立っています。
■専門分野の20年間の変化・変遷・革新的な出来事
1990年代ごろまでは、可視化を行うためには、グラフィックスの性能に特化した計算機を利用するのが一般的でした。可視化の対象となるデータは、医学や理学、工学などの物理空間に基づいて計測・計算された科学技術データが主で、このような可視化はサイエンティフィックビジュアリゼーション(科学技術系可視化)と呼ばれます。当時は、生成されるデータのサイズもそれほど大きくはありませんでしたが、リアルタイムに可視化処理を行うことはまだできませんでした。
しかし,90年代半ばごろから、PCが一般家庭に普及し、グラフィックス性能の高いPCが安価に購入できるようになってくると、多種多様なデータが生成されるとともに、自分のPCで容易に可視化が行えるようになりました。そして、そのころから、日々生成される様々なデータを可視化する情報可視化に関する研究が増えていきます。皮肉にも情報可視化が飛躍した1つの要因として、2001年9月11日にアメリカ合衆国で起きた同時多発テロ事件が挙げられます。たくさんのデータが電子的に生成され、保存されていたとしても、その中から必要な情報が得られなければ意味がありません。そこで、アメリカ政府は膨大かつ多様なデータを解析する手段として可視化に着目し、多大な研究予算を付けました。これをきっかけに、アメリカだけでなく、諸外国でホームランドセキュリティや様々な分野で情報可視化に関する研究が活性化します。
2000年代半ばには、情報可視化からさらに踏み込み、人間の意思決定を支援するためのビジュアルアナリティクスに注目が集まります。ビジュアルアナリティスクでは、可視化技術を用いて、対話的にデータの探索を繰り返しながら、新たな知見を導出することを目的とします。すなわち、あらかじめ想定している疑問に対する情報を獲得するだけではなく、想像もしていなかった新たな発見を導き出すこともできるのです。ビジュアルアナリティクスの発展には、対話的な操作が可能な計算機環境の発展が深く関わっていることは言うまでもありません。
こうして、科学技術系可視化、情報可視化、ビジュアルアナリティクスの3つの分野で可視化研究が進んできましたが、近年では徐々にそれらの境界がなくなり、融合してきました。そのため、現在、可視化分野のリストラクチャリングが進んでいます。これまでのような3つの分野ではなく、6つのエリア(可視化の理論と実践、可視化応用、可視化システムとレンダリング、可視化における表現と対話、データ変換と可視化、可視化ワークフローと意思決定)に研究領域を規定しなおし、情報学分野の周辺領域との連携を深めていくことが考えられています。
■専門分野の近未来について
様々なもののデジタル化が進み、膨大なデータや情報が氾濫する世の中では、自分に必要な情報を入手することが必要不可欠になってきます。そのためには、データの中から必要な情報を適切に抽出する力や、与えられたデータの信ぴょう性を的確に判断できる力が求められます。そのような状況の中では、誰かが解析した情報を受動的に受け入れるのではなく、自分で能動的にデータを収集し、情報を精査する必要が出てくると考えられます。そのようなときに、可視化は大いに役立ちます。実際、現在猛威を振るっている新型コロナウィルスの感染状況についても、様々な人が可視化をし、分析を行っています。
また、可視化技術の根底には、CG技術があります。CG技術が発展すれば、それだけ可視化によるデータ解析のアプローチの幅も広がります。また、デバイスの進化により、様々な感覚のデバイスが普及すれば、視覚以外の知覚である、聴覚、力覚、触覚など、多感覚を併用した解析環境も構築されていくことでしょう。
近年の技術の進歩は目覚ましいです。現在では不可能なことや、考えられないこともできるようになる可能性があります。また、可視化はどのような分野とでも融合可能な柔軟な研究分野であるといえます。これから先、どんどん新しい技術を取り入れ、様々な分野と融合し、発展していくものと期待します。
■高校生の皆さんへ
コンピュータグラフィックスというと、映画やゲームといったエンタテインメント利用としてのイメージが強いかと思います。可視化事例に表立って触れることはあまりないかもしれませんが、皆さんが利用しているデバイスや乗り物の設計、コンビニの商品配置、物流管理など、様々なところで利用されています。たとえ主役ではなくても、縁の下で役に立っているものはたくさんあります。対象を絞って勉強することもよいですが、視野を広く持って、様々なことを学び、また違った領域でそれを生かすことができれば、今までとは異なる新しいことを生み出すことができるかもしれません。アンテナを強く張って、いろいろなものを吸収してください。
このWebページでは、メディアコンテンツコースの竹島先生にお話をうかがいました。
教員プロフィール
メディアコンテンツコース 竹島 由里子 教授
私が可視化に興味を持ったのは、何か人の役に立つ研究がしたい、みんながやりたいといっているCGとは違うことがしたい、という気持ちからでした。可視化の対象となるデータは本当に様々で、医療や原子力、航空宇宙、天文学など様々な分野の方々と共同研究する機会も多く、たくさんのことを勉強させていただいています。これからもいろいろな人と出会い、日々精進していきたいと思います。