自主的に行動できる“主人公意識”を持った臨床工学技士になろう!
2023年3月24日掲出
医療保健学部 臨床工学科 笠井 亮佑 講師
子どもの頃から医療分野とメカニカルなものに興味があったという笠井先生。臨床工学技士として現場で働くうちに、医療機器の安全性を高めることの大切さを痛感し、研究の道に進まれたそうです。今回は、先生のご研究についてお話しいただきました。
■先生が取り組んでおられるご研究について教えてください。
現在は大きく2つの研究に取り組んでいますが、どちらもVR(バーチャルリアリティ)という360度の映像を用いて仮想空間に入り込む技術を使った研究になります。その内のひとつが、VRを使って痛みを緩和する取り組みです。私が臨床工学技士として病院へ勤めていたとき、業務の1つに穿刺(せんし)という注射針を刺す業務がありました。血液を体外に取り出し、それをきれいにして体内に返す血液透析を受ける患者さんに対する穿刺です。その透析の針は、想像以上に太く、採血や予防接種等でよく用いられる針の約2倍の太さになります。透析患者は、週3回、1回4時間の透析を実施することが一般的で、それが一生続くのです。患者さんにとって、穿刺というとても痛いことが繰り返し続くため、非常にストレスがかかり、QOL(生活の質)にも影響します。また、血液透析を受ける患者さんのみならず、採血や予防接種等、多くの人が穿刺による苦痛を感じたことがあるかと思います。もちろん、こうした痛みに対しては、局所麻酔薬や麻酔テープを貼って緩和するという方法等もあります。ただ、そういう痛みに対してもっと非侵襲的、つまり体を傷つけず、かつ麻酔を用いずに痛みを少しでも緩和できないだろうかというところから、痛みをVRで軽減するという研究を試みました。
実際にVRで痛みが緩和されるかどうかという点ですが、結論から言うと、比較的軽中度の痛みは緩和されます。現在、私の研究で対象としている痛みは、継続的な強い痛みではなく、比較的短時間の体表面の軽中度の痛み、いわゆる急性体性痛と呼ばれるものです。それが軽減できるかどうかという研究に取り組み、有意に軽減するという結果が得られました。
そもそも鎮痛薬や麻酔薬等を用いずに痛みを軽減する要因には大きく2つあります。ひとつは痛みから意識をそらす注意散漫効果、もうひとつは、痛み自体の感じ方を小さくするような物質、例えばエンドルフィンやアドレナリンなどのホルモン等の分泌が過多になることです。これら2つの生理的な要素が、痛みを軽減する要因と考えられています。
VRは仮想空間に没入・集中することができるので、痛みから注意をそらすことに適しています。さらにVRは360度の空間の中に入るので、装着者の情動にストレスを負荷することも可能です。情動にストレスを負荷するとは、例えば、緊張感が高まるような感情や楽しい感情に持っていったりすることです。情動に負荷がかかると、痛みを下げるホルモン等の物質の分泌を促進させる刺激を与えられます。
実際に行った実験としては、被験者にVRを装着してもらい、そこに様々な種類の映像を流します。同時に、低周波電流刺激を用いて痛みに類似したものを被験者に与え、その際の脳波や心電図などの生体情報を測定し、同時に痛みが軽減しているかを評価しました。低周波電流刺激は、痛みに類似しているけれど、それとは異なる違和感があるもので、痛みと相関しているというエビデンスがあります。
また、感情を揺さぶる映像にも色々と種類があります。ですから、被験者には色々な映像を見てもらいました。例えば、快適に感じるような景色や動物などの映像、不安に感じるようなホラー映像など、さまざまな感情を選択的に刺激する映像を流して試したのです。結果としては、快映像も不安映像もどちらも痛みが有意に軽減し、自律神経等の興奮を促す刺激を与えた方が、痛みの感じ方が弱くなるとわかりました。
ただ、実用性を考えると、例えば穿刺は痛いというネガティブな感情を持っている人に、不安を感じさせる映像を見せるわけにはいきません。そういう意味では、快適な映像を見ていただくことで、少しでも痛みを紛らわせることができるのではないかという方向で進んでいます。
現在は、感情に刺激を与える映像コンテンツを使って、痛みがどれだけ下がるかといった特徴点を見出しているところですが、今後は、“感情”にスポットを当てるのではなく、“行動”に注目していきたいと考えています。映像には、単に視聴するだけの視聴型と、問題を与えて思考を促す思考型、自分で操作する操作型など、感情を刺激する以外の行動を促すものもあります。そういう脳の行動などに焦点を当て、特徴を抽出したいと思っています。
こうしたことを明らかにすることで、将来的には、VR処方やアプリ処方のようなところまで持っていけると、夢がありますね。薬の処方ではなく、VRのコンテンツを処方するような時代が、いずれ医療分野でも来る可能性はありますから、そういうところの基盤構築に貢献できたらうれしいです。
■では、もうひとつの研究についてもお聞かせください。
本学部が取り組んでいる戦略的教育プログラムのひとつで、人工心肺装置と呼ばれる生命維持管理装置のVRシミュレータの共同研究に取り組んでいます。もともと私自身、臨床工学技士としての専門が、人工心肺装置や心臓血管外科領域で用いる医療機器だったので、体外循環のシミュレーション教育とは非常に関わりが強いのです。本学科の講義も私が担当していますし、VRを使ったコンテンツを開発して、実際に実習でも活用しています。研究の背景から話すと、人工心肺装置は1台数千万円もする高価なものです。ですから、単純に学生数に合わせた台数を購入することは難しい。ちなみに本学には今、3台ありますが、1学年約80人いる学生が1人何分もの訓練を何度も行うことは、現実的ではありません。そこでVRを使ったシミュレータをつくることで、学生全員の練習機会を増やそうと研究を進めてきました。また、今は遠隔でも訓練することが可能なシステムにし、自宅からでも実習ができるものにしようと取り組んでいるところです。「いつでも・どこでも・誰でも・何度でも」という形で、トレーニングができるシステムを目指しています。
この生命維持管理装置のVRシミュレータを実際に学内実習で使ってみて、学生にアンケートを取ったところ、大変好評でした。これは学科の特性によるものかも知れませんが、本学科の学生は、機械や装置、デジタルのものなどが好きな人が多いです。ですからアンケート結果では、とても楽しんで学んでくれていることがわかりました。
もちろん課題もあります。VRのゴーグルは重くて、装着していると首が痛くなったりVR酔いしたりすることがあります。また、15分以上の使用は疲れてくるため、長時間の訓練には向きません。一方、現実で起こるようなトラブルや絶対にあってはいけないミスを仮想空間内で体験できるので、そのときの緊張感や焦り、その中で判断するといったことを体験できる点は、非常に大きなメリットだと思っています。
それ以外にも色々な機能をつけていて、操作記録のデータを分析して復習ができるほか、自分の操作を点数化して評価することもできます。というのも、人工心肺装置を始め医療行為のほとんどの実技に対する習熟度は、曖昧な評価になりがちです。大体数年くらいは経験を積んだから大丈夫だろうというように期間や件数で決めたり、評価する人によって偏りや曖昧さが出たりする問題があります。
一方、今回のVRは仮想空間内でトレーニングをしているので、それらを全て数値化し、点数化することが可能です。そういうデータやログを使って実技の習熟度の評価をする機能も追加しました。あわせて、どこができていなかったのかもわかりますから、振り返り学習を行うことも可能です。また、同じ空間に複数人が入れる機能も追加しました。学生が1人訓練をしている後ろから、同じVR空間内に他の学生が何人も見学することができます。実際、実習へ行った時も、機械の後ろに学生がずらっと並んで見るので、それを仮想空間内でも再現しているイメージです。
今後ということで言えば、今のVRシミュレータでは“触覚”を感じることができないため、そこをカバーできるようにしたいと思っています。このような技術を“ハプティクス(触覚提示技術)”と呼びます。今、仮想空間の中で何か物を持ち上げた時に、その重さを感じられるようにするといった触覚を再現するハプティクスが注目されています。私たちが研究しているVRシミュレータでは、物理的な機械のスイッチのようなものは用意していますが、それは単にできる限り医療機器に類似させてダイヤルなどを自作したものです。将来的には、手に専用グローブをつけて、仮想空間上のダイヤルをひねることで、そのひねった感覚をグローブから指先に与えたり、物を持ち上げた時に重さを感じたりする技術を導入したいと考えています。
また、このVRシミュレータの開発では、医療現場で働く臨床工学技士にも使っていただいて、色々な意見をフィードバックしてもらい、反映してきました。ですから、現役の方たちのトレーニング用としても、十分使えるものになっています。今は卒前教育として使用していますが、将来的には臨床工学技士のトレーニング教材の1つとして役立てられるだろうと考えています。さらに、人工心肺装置やコロナ禍でよくニュースに取り上げられていたECMO(エクモ:体外式膜型人工肺)などの専門資格があるのですが、その更新試験でも今回紹介したVRシミュレータが実技試験の1つとして活用できるのではないかと思っています。
■こうした研究に、学生はどのように関わるのですか?
開発したVRシミュレータは、2020年度から実際に学内の実習で取り入れており、すべての学生が利用しています。また、研究室の学生は、卒業研究のテーマとして取り組んでいます。痛みを軽減するための研究では、研究の被験者やVRの映像のコンテンツ作成から生体情報の計測と解析、その評価まで行っています。VRシミュレータの研究では、共同研究開発の企業に混ざって、コンテンツの機能追加等の更新や、教育効果の評価を進めています。
さらに、得られたデータなどは、積極的に学会で発表するようにしています。私の研究室では、毎年、数名に学会発表をしてもらっていて、昨年度はある学会で発表した学生が最優秀演題賞を受賞しました。
このように本学科では、国家試験勉強のみならず卒業研究や課外活動にも重きを置き、学生にも積極的に関わってもらっています。卒業研究で1つのことに専念して集中して取り組むことは、国家試験の勉強に対する素養にも繋がってくるため、相乗効果があると考えているからです。
■先生が臨床工学技士を目指したきっかけは何だったのですか?また研究の道に進まれた理由とは?
元々、家系が医療関係だったという点で、幼い頃から医療に興味がありました。それと同時に、ミニ四駆やプラモデルなどのメカニカルなものが好きだったということもあります。例えば、アニメでも素手で戦うキャラクターより、すごい機械や武器を使っているキャラクターの方がかっこいいなと思っていました。 そういうことから医療とメカニカルなものに関わる仕事はないかと考えた時に、医療機器の専門職である臨床工学技士が良いのではないかと思って。実際、臨床工学技士について調べていた時、人工心肺装置の写真などを見て、すごくかっこいいなと思ったことを覚えています。こういう機械を使って人を助ける仕事に就いてみたいと思ったことが、きっかけですね。研究の道に進んだ理由は、臨床現場で医療機器を操作する仕事をする中で、医療安全に対する危機意識が非常に高まったからです。現場では、医療事故が起きるのは時間の問題だと感じることが多々あります。例えば、ノブを1つ間違って操作するだけで、患者さんに非常に重篤な影響を与えてしまうことが容易に想像できるような機器や操作方法は、山ほどあります。医療事故はたくさん起きていて、その数は全然減っていません。もちろんそうした事故を減らすべく、日本全体で何千億円ものお金がかけられてはいますが、それにも関わらず医療事故は減らないのです。その中で、医療機器を扱っている臨床工学技士として、簡単に医療事故が起きてしまうような医療機器の現状や教育体制に疑問を持ったということがきっかけです。そうした医療事故を減らすために、自分が働いている病院だけでなく、日本全体、世界全体に何か貢献できることはないかと考えて、研究に興味を持つようになり、取り組み始めました。
ちなみに私自身は、社会人として病院で働きながら夜間の大学院へ通って研究に取り組みました。初めて着手した研究は、医療機器の事故を減らすにはどういう医療機器のデザインが良いのかということを、生体情報なども抽出して調べ、人がストレスに感じるようなデザインや間違いやすいデザインについて人間工学的に評価するというものでした。
■どんなところに研究の面白さや魅力を感じていますか?
研究自体も面白いのですが、何より医療機器に対してとてもロマンを感じています。医療分野では治療そのものが発展するというよりは、医療機器が非常に発展することで治療も発展してきている面があります。それだけ医療機器の発展にはロマンがありますし、それに携われる臨床工学技士は、楽しくて魅力的な職業だと思います。また、研究活動をすることで、より一層、医療機器に関する専門知識が増え、未来の医療を色々と想像できるところも面白いですね。研究に集中して取り組むことで、何度も達成感を味わうこともできます。そういう意味では、人生をとても豊かにしてくれるものの1つだと言えるかもしれません。
臨床工学技士の歴史は約35年と、医療職の中でもまだ若く、世界的にも知名度がそれほど高くはありません。そんな臨床工学技士が今後、さらに発展していくためには、研究レベルの底上げが必須だと感じています。これまで先人たちは臨床工学技士の病院内での知名度向上やその存在のメリットを全国的に広め、基盤形成をしてくださいました。その次を担う私たち第2世代、第3世代は、さらに臨床工学技士を発展させていく必要があります。その要素の1つとして研究レベルの向上が重要だと感じ、私自身もそういうところに貢献していきたいと思っているわけです。
また、学生には、病院で働きながら卒業研究で学んだことをしっかり活かしてほしいと思います。研究的視点は、今後の臨床工学技士に絶対に必要になるものです。卒業研究ではPDCAサイクルで、何度も考え、実行し、失敗し、考えてということを試してもらっています。現状に満足せず、常に考えることを絶やさず、最善のものを求めていくというスタンスで、繰り返し考え直して試すことに重きを置いた指導をしているのです。そういう力を身につけて、病院で働くようになっても、ルーティンワークだけでなく、常に最善を求めて問題を抽出し、それを解決するということを繰り返せるような臨床工学技士になってもらいたいです。つまりは、自主的に行動できる“主人公意識”を持った臨床工学技士になってほしいのです。チーム医療の中で、それぞれが主人公となって常に思考を巡らせ、問題を解決しながら前に進んでいくことを意識してほしいですね。
■最後に受験生・高校生へのメッセージをお願いします。
医療機器は究極のロマンを追求できるものだと思っています。そして、臨床工学技士はその医療機器を扱う専門職です。単に医療機器を操作するだけでなく、医療全体における工学的視点からのアプローチを行う「命のエンジニア」と呼ばれている職種ですから、そこに対する責任も大きく、同時にやりがいも大きいです。本学の医療保健学部には様々な医療専門職が揃っていますし、さらに工学や情報関連の学部学科やデザインの学部もあります。これは重要なポイントで、日々の学業や研究活動等に関しても幅広い分野の方からご教授をいただけます。だからこそ、私たちは臨床工学科でありながらVRやAR(拡張現実)、AI(人工知能)を研究に導入できているのです。そういう最先端技術を臨床工学技士の教育や研究として扱えるのは全国的にも珍しく、本学科ならではと誇れるところがあります。もちろんそうしたVRやARの技術を講義や実習に取り入れているのも本学科だけです。
もしこうした分野に興味を持ったら、ぜひオープンキャンパスに遊びに来てください。本学のことはもちろん臨床工学技士のこともよくわかると思いますよ!