小児救急医療で発揮される看護師の聴く力
2023年10月13日掲出
医療保健学部 看護学科 白石裕子 教授
小児循環器外科で臨床経験を積まれ、その後、小児救急看護の認定看護師の教育などに携わってこられた白石先生。これまでのご研究や今後の展望などをお聞きしました。
■先生のご研究についてお聞かせください。
小児看護、小児救急看護を専門に取り組んできました。これまでの経歴に沿って話すと、本学での教育に携わる前は、認定看護師の教育に携わっていました。認定看護師というのは、特定の看護分野で熟練した看護技術と知識を持っていると日本看護協会に認定された看護師のことです。2005年に日本看護協会看護研修学校の小児救急看護学科が開講され、9年間、そこで主任教員としてベテランの域になりつつある看護師を対象に、小児救急看護認定看護師を育成する教育活動に取り組みました。小児救急医療の現場は、さまざまな問題を抱えています。例えば、患者のたらいまわしや受け入れ体制の問題、医療過誤(医療ミス)、小児科医不足、緊急性のない受診、保護者とのトラブル、虐待やマルトリートメント(不適切な扱い)事例の増加、現場の疲弊など、耳にしたことがあるかもしれません。しかし、こうした問題に対応するための看護師への卒後教育がなく、現場の看護師たちが困っているという現状がありました。そうした経緯から、小児救急看護の認定看護師が設立されることになったのです。
認定看護師の教育に携わることで、私自身、多くのことを学びました。小児医療・小児救急医療は、病気やけがの治療だけでなく、子どもたちの成長発達を支援すること、さらには次世代育成の支援にもつながっていると感じるようになり、子育てを支える医療と言っても過言ではないと思います。
また、小児救急看護学科1期生の看護師たちと小児救急医学会に参加したことを契機に、毎年、授業の一環として学会に参加させていただいていました。2006年からは、同学会の教育・研修委員会委員となり、医師らと共に教育・研修目標の作成、さらにそれを『小児救急のストラテジー』という本にまとめることもしました。そして2010年からは、この本の内容を実践するための「小児救急教育セミナー」を毎年、実施しています。その中で、医師2名と、私を含む看護職2名とでチームナラティブというものを結成し、私自身は「小児救急における子どもと家族への対応についてのセッション」を担当しています。
小児救急教育セミナー(2011年)
もうひとつ、私が力を入れて取り組んできたものに「小児救急医療電話相談(#8000)」があります。これは子どもの急な病気やケガへの対応を電話相談できる窓口で、小児科医や看護師などが応答してくれるというものです。この電話口で応答する相談員の研修教育に携わりました。
「小児救急医療電話相談(#8000)」ができた経緯から話すと、もともとは過疎地などの小児救急医療へのアクセスが難しい地域で、小児科医が中心となり電話での対応を始めたことが最初です。その後、増加していた小児救急患者の時間外受診への対応のいち手段として期待され、2004年から電話相談事業として「小児救急医療電話相談(#8000)」が開始されました。現在では、すべての都道府県で実施されています。
当初、この電話相談は医療的な知識や指示を相談者に提供するものであるという意識があったのですが、小児救急電話相談研修会事業への関わりを通じて、私自身、それとは違うものが見えてきました。医療者が知識を伝えて、指示をすれば解決するものではなく、相談者である保護者の視点に立ち、彼らを支えるような相談対応でなければならないということに気づかされたのです。というのも、寄せられる相談が小児科医からすれば医療的なものではなく、いわゆる子育て相談だったからです。例えば、「子どもがお腹をこわしたので、何を食べさせれば良いか」という相談は、医療者側から見ると病気の相談ではないように思えます。ですが、子どもの病気や体調を崩して生じた心配ごとや困りごとは、保護者にとってはすべて病気の相談になるのだということがわかりました。ですから、そこに対応する必要があるのです。それには、実は情報を伝えることよりも聴くことが大事だといえます。例えば、「1歳の子どもが発熱したので、熱さましの座薬を使っても良いか?」という相談があった場合、単純に座薬の使い方を教えたくなりますが、この相談の背景には保護者の色々な関心ごとが隠れている場合があります。中には、高い熱で子どもの頭に悪影響があるのではないかという熱に対する恐怖や、子どもの受診に対して家族内で意見が分かれているということもあります。それぞれの背景をしっかり聴いて、対応することが大切なのです。ですから、しなくてもよい受診の抑制ではなく、相談者の適切な受療行動の判断ができるよう後押しすることが、この小児救急の電話相談だと言えます。そういうことを研修会では教えています。
電話研修相談会(2011年)
■先生が看護師になろうと思ったきっかけや、小児看護・小児救急看護に携わることになった経緯を教えてください。
私は子どもの頃、体が弱くて、5歳の時には入院した経験もあったので、病院がとても身近でした。そうした自分の体験から医療者、特に看護師を身近な存在に感じていて、この道を選んだのだと思います。大学生の頃から、母子保健に興味があったので、臨床をするなら絶対に小児科がよいと思っていて。子ども好きでしたし、特に母子保健は、人生の出発点、そこから始まっていくという現場なので、そこに看護として貢献できたらという思いがずっとあったのです。 さらに一番興味のあった疾患が心臓疾患を扱う循環器だったので、循環器の分野に進みたいと思っていました。その希望が叶い、小児循環器外科分野の看護師として16年間、大学病院で勤務しました。ちなみに、そのうちの15年間はICU(集中治療室)の担当でした。
長く臨床を経験して、仕事自体はとても面白かったのですが、もっと基本的なことを学びたいと思うようになり、大学院の修士課程、博士課程へ進みました。その博士課程の途中で、先ほどお話しした、日本看護協会看護研修学校の小児救急看護学科の主任教員の話をいただいたのです。この認定看護師の教育に関わる中でしみじみと感じたのは、大学で看護を学問として学ぶことの大切さです。また、小児救急看護学科には小児看護の教育分野の第一線で活躍されている大学の先生方がたくさん教えに来てくださり、私の学生時代とは比べ物にならないほど面白い授業ばかりで、看護界全体のレベルが上がってきていることを実感できました。そうした経験から、私も看護師の基礎教育に携わりたいと思うようになり、本学に着任して今年で10年目を迎えます。
■今後の展望をお聞かせください。
現在、私は小児救急医学会と、子ども虐待学会の理事をしています。子ども虐待の分野にもずっと関わってきているので、今後、子どもの虐待に対応する看護師向けの教育プログラムをつくっていきたいと考えています。今まで小児救急看護の認定看護師の育成過程で、虐待に関してはかなり力を入れ、時間数も多く取っていました。ですが残念なことに、小児救急看護の認定看護師の教育コースが2016年に終わってしまい、そうした教育を受けた看護師たちが増えない現状があります。ですから看護師向けの虐待対応プログラムを確立して、定期的に提供できるようなシステムを作っていきたいです。
■授業で教える際、工夫していることは?また、学生にどんな力を身に付けてほしいですか?
具体的な事例をなるべく出すようにして、自分たちがその場にいる看護師だったらどうするかというところを一緒に考えています。学生はまだ知らないことが多いので、事例があると割と入りやすいです。学生ならではの新鮮な目で、色々とディスカッションしてくれるので、私自身、どんな意見が聞けるかとても楽しみでいます。学生には、とても基本的なことですが、色々なことを考える力を身につけてほしいです。本当にそれでよいのかという疑問を持つこともそうですし、とにかく考えるということをしてほしいと思っています。それは仕事を長くしていくためにも、必要となる基本的な力だと思います。
というのも、今の学生たちは、どうしても一つの正解を求めたがる傾向にあるようで。ですが、先ほどのナラティブの話にしてもそうですが、患者対応に正解はありません。色々なことを考えて、より良い選択をしていくということですから。そのたくさんある選択肢の中で、どれか一つが正解というわけでもありません。ですから、自分の頭で考えて、色々な可能性を広げていってほしいですね。
■受験生・高校生へのメッセージをお願いします。
おそらく看護師という職業や名称を知らない人はいないと思います。ですが案外、その実態がどうなのかは知られていません。よく、「看護師さんは大変ね」と言われます。あるいは優しいというイメージがあったりします。ですが、そういう面ばかりではなく、自分自身の様々な可能性を広げられる職業でもあると思います。また、なんとなく看護師には向いていないのではないかと思いながら働いている人や、学生の中にもそう思いながら学んでいる人もいるようですが、自分が興味を持っている分野を選んで働いていけばよいので、大切なことは向いているかどうかより、興味があるかどうかです。病院には色々な科があり、大きな病院、小さな病院、あるいは病院以外でも看護師の活躍の場はあるので、関われる分野は広いです。ですから看護師に興味のある方は、ぜひチャレンジしてほしいですね。