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音楽以外の音すべてにも気を配ってデザインする「サウンドデザイン」は、広大な可能性を秘めた分野です

2019年8月7日掲出

メディア学部 伊藤彰教特任講師

伊藤彰教 特任講師

 中学生の頃、シンセサイザーと出合い、新しい音色が新しい音楽を生み出すことに衝撃を受けたという伊藤先生。そこから新しい音色とそれによる新しい表現を追究し始め、やがてサウンドデザインという分野にたどり着きます。今回は、サウンドデザインとは何かということを研究室での取り組みに絡めてお話し頂きました。

■先生の研究室では、どのようなことに取り組んでいるのですか?

 私の研究室では、サウンドデザインの研究をしています。サウンドデザインは、扱う範囲が非常に幅広く、簡単には言い表せないのですが、大胆に言ってしまうと「音楽以外の音にもすべてに気を配ってデザインする」ということです。学生に対しては、わたしたちの研究室の活動の柱として「サウンドをデザインする」「サウンドでデザインする」「サウンドシステムをデザインする」という3つであるということを説明しています。「音をデザインする」という用語を目にすると、一般の方でも「楽器の音色を作ったり、効果音を作ったり、セリフにエフェクトをかけて特定の場面を演出をしたりするのかなぁ…」ということは想像できるかと思います。しかしこれを教育するだけでは、専門学校の教育内容と何が違うのかよく分からないかと思います。わたしたちはこうした音の表現を実現するために「人間がメディアをどう捉えるかという研究」と「テクノロジーの活用」を上手に絡めて、大学ならではの研究分野と組み合わせて表現することを必須にしています。
  少し大枠の話が続きましたので、具体例を挙げておはなししましょう。 まず「サウンドをデザインする」という分野からです。あくまで一つの例ですが、わたしたちの興味の対象のひとつとして、SF映画やゲーム、アニメなどで使われる「いかにもSFや魔法のシーンっぽい」効果音をどのように作っていくのか、が挙げられます。ハリウッドではこうした、ファンタジックで架空の現象に対する音を作る人たちの職種を「sound designer」と呼ぶことが定着しています。このような場面に効果音を付けようとした場合、現実世界で魔法の光などは出てきませんので、現物の音を録音するわけにはいきません。このような場合は、テクノロジーの力を使って「まだ誰も聞いたことがない架空の音」を作る必要があります。こうした分野をわたしたちは「音そのものの表現技法」や「音そのもの表現手法」の実験の場としてとらえています。
  次は「サウンドでデザインする」ですね。デザインは「設計」を意味する一般用語でもあります。何を設計するのか…といえば、「コンテンツ全体の構造を見据えて、どこに、どの音を配置すると、コンテンツ全体の意図を適切に表現できるか」という、セリフ・音楽・効果音全てを対象とした配置構造です。「サウンドを〜」が音ひとつひとつを作るミクロな視点だとすれば、「サウンドで〜」は音がコンテンツ全体の中でどう機能していくかを研究する活動というふうに対比させると分かりやすいかもしれません。例えば、ドラマの中で写真を撮っているシーンがある場合、その映像を観ただけで写真を撮っていることは伝わります。特に最近ではシャッター音がかすかにしかしないカメラもたくさんありますので、実際の現場でマイクを向けてもほとんど収録できないことが多く、実際に生のシャッター音をわざわざ注意して聞いている人も少ないでしょう。それにも関わらず、ドラマの中ではかなりわざとらしく「カシャッ」というカメラのシャッター音が入ってることに、わたしたちは何の違和感も感じません。こうしたシーンで何が行われているかといえば、音楽や他の効果音の音量を切ったり下げたりして、カメラの「カシャッ」という音をあえて大きくするようなミキシングをします。これは、視聴覚を複合して「撮っている感」を強調するためと考えられます。不要なシーンでも、音をつけることで、私たちに新しい体験やポジティブな体験を与えてくれるのです。これは音の主観的な奥行き感や、注意を向けるための配置構造と捉えることができます。
  3つ目の「サウンドシステムをデザインする」の話題に移りましょう。音を新しく作るにも、音の配置構造を分析するにも、既存の機械やツールでは新しい取り組みが出来ない場面が多々出てきます。特にわたしたちは、アート分野として新しい表現を開拓するにも、エンタテインメントを対象として制作現場の知見を活かし役に立つような研究に取り組むにしても、新しい道具づくりから必要になります。意外かもしれませんが、エンタテインメント業界では、表現そのものを行うクリエイターよりも、新しい表現を円滑にサポートするシステムを毎回新しく設計し組み上げていくような仕事が非常に多いのです。いわゆる「カスタムメイド・システム」というものですね。「新しい表現は新しい道具で」というわけです。
  そういうわけで私の研究室では、音楽を含んだ音自体の表現手法・構造分析研究と、表現実技を中心とした制作手法研究の両方に取り組んでいます。こういうことができる研究室は、国内でも東京工科大学のメディア学部だけではないかと思います。というのも音や効果音の制作などの実技を学ぶには、非常にクオリティの高い制作テクニックを教えてくれる専門学校が適任です。一方、理系の大学で音楽以外の音関係の研究となると、多くは数式での解析や機械の開発といった音響工学、エンジニアリングになってきます。私の研究室は、そういったものとは異なり、テクノロジーの力を使った表現やデザインという切り口で音自体も、そして音楽を研究しています。もちろん、そこには表現実技も伴いますし、音響工学に関する知識も学ぶことができます。そういうところが本研究室の大きな特長だと思います。

サウンドデザインの研究

■では、具体的な取り組みについてお聞かせください。

 本学部にはプロジェクト演習という特徴的な選択科目があって、たいへんに多くのテーマが用意されています。私が担当しているプロジェクト演習でもMATLABという信号処理ソフトを使った音声認識や音合成の基本を学ぶものから、コンポジション(作曲)や楽曲分析を学ぶもの、音楽制作や音響処理で欠かせないソフトウェアDAW(Digital Audio Workstation)の基本的な使用方法を学ぶものまで、多岐にわたっています。 例えばDAWを使って音を録音、制作、ミキシングしたりもしますし、足を踏み鳴らしたり何かを叩いたりして生音を録音し、そこから効果音をつくったりもします。高価なプロ向けもののから研究開発用のものまで、用途に応じたソフトウェアを用いて、この世に存在しない音をつくり、それを映像につけることもします。わかりやすい例ですと、ロボットキャラクターが話す機械っぽい声や、魔法の杖からでる光の帯についている音。こうした音は実在しませんし、生楽器で出せるものでもないので、コンピュータでつくられています。テクノロジーの力を使ってファンタジーや魔法の世界を表現するための音をつくるわけです。
 具体的な演習課題としては、例えばこちらから提供した映像に対して「5種類の雰囲気の効果音を制作してつけて、まったく違うメッセージを届けなさい」というものがあります。学生は、そのために手を動かしながら取り組んでいるうちに、音響工学やプログラミングなどの技術も自然と身に付けていきます。
 また、最近では、ある特定の音、単発の音をつくるだけでなく、全体の音の配置やバランスが適切かどうかを統括する音響監督の仕事もサウンドデザインと呼ばれる仕事に含まれ始めています。ですから、研究室では個別の音をつくることもしますが、全体の音の配置がどうなっているかという分析も行なっています。

サウンドデザインの研究

■先生のご経歴について教えてください。

 私自身は、もともとコンピュータやデジタルテクノロジーを使って新しい音色をつくる研究をしていました。プログラミングの力を使って、人類がまだ耳にしたことのない音色をつくりたいと取り組んでいたのです。いわゆるサウンドアートと呼ばれる藝術分野が該当するのですが、一般の人が聞かないような音楽、「これって音楽なの?」と思うような音響体をあえて可能性の実験としてつくっていました。ですから既存のシンセサイザーやソフトウェアを使うのではなく、CG研究者が自らプログラミングしてソフトウェアをつくるように自分でプログラムを組んで、ちょっと変わった音を1音1音作り、それらを素材としてインタラクティブなシステムに組み込んでライブパフォーマンスで演奏したりしていました。
 卒業後の仕事の一部としては、映像に音をつけることだけでなくシステム開発などの業務も担当しました。一方で、音楽を単体としても制作してきましたし、音によるドラマ制作やナレーション収録、博物館などの展示物の音のデザインなどにも取り組んきました。また、そこで得た知見は、大学の実技教育に活かしています。特にインタラクティブ・メディアの音のデザインの経験から、最近ではゲームサウンドや、音響演出・表現といったコンテンツの内容にまで踏み込んでいけるような研究にも取り組んでいます。
 CGやゲームなど映像の分野では、大学の研究者が制作現場に入ったり、制作現場の人が研究者と共同研究をしたりしてきた分厚い歴史があります。一方、音の世界はそういうケースはそれほど多くありません。基本的に大学側の立場は、音響工学、エンジニアリングに限定されていて、CGやゲームのように表現の内容にまで踏み込んでコラボレーションし、お互いの知見を交換するということは少ないのです。ですから、そういうことが音の分野でも進展できるとよいのではないか…ということもあり、メディア学部の教員として仲間入りさせていただくことになりました。

■受験生・高校生へのメッセージをお願いします。

 音響制作において映像やゲームにつける音には、セリフ、音楽、効果音という3つの柱があります。ところがアニメやゲームのようなデジタルテクノロジーによって表現されるコンテンツは、この3つの間にまたがる音がたくさんあります。音と音楽の中間、効果音と音楽の中間、セリフと効果音の中間というように。
 例えば、推理もののゲームで、テキストを読みながら進む形式のものがありますよね。最近は「フルボイス」ですべて読み上げるものも人気がありますが、以前からあるセリフのテキストに合わせて「ピピピッピピッピ」という音しか出ないタイトルでも、「ピ」音の間隔だけで、「ここが推理ポイント!」だとか「この登場人物はいま、大事なことを話そうかどうか迷っているな」ということが伝わってきます。さてこの音は「セリフ」でしょうか?「効果音」でしょうか?「中間の音」としか言えないことに気づくでしょう。そして考えたら、これで何かが伝わっちゃうなんて不思議な現象ですよね。素朴な音であっても、工夫しだいでメディアとして機能させるのもサウンドデザインの仕事であり、研究のひとつです。そこういう音を私たちはよく耳にして知っているはずですが、それを使った判断などはほぼ無意識に行われてしまうので、「言われてみれば、確かにそうだ」という扱いの音です。ですから私はこの仕事は「コンテンツのインフラをつくるような仕事」だと思っています。水道や電気、ネットと同じく、あって当たり前、無くなって初めてその大切さに気付く…というものと考えています。
 インフラというと「縁の下の力持ち」で地味な仕事のように感じるかもしれませんが、わたしはそこにこそ表現上の広大な可能性が眠っていると考えています。先ほどの3本柱の間にある「普段聞き流している音」は、いまも、そして将来も、新しい仕事の宝庫です。実際、様々な制作系企業の方々にお話を伺うと「作曲家になりたい若者なんて履いて捨てるほどいるし、音大出身者をはじめとして次から次へとすごい才能がどんどん入ってくるので正直人手としては困っていない。むしろ効果音や、音楽と音の中間みたいな音作り、そしてそのための道具作りができる人はいつも人手不足で困っている…。」という話を非常によく耳にします。多くの受験生・高校生の方に限らず、一般の方々もは、サウンドデザインという仕事や研究があることを知らないかもしれませんが、「音楽の才能はちょっと自信がないけど、音楽の周辺に大きく広がっているサウンド表現や最新技術を学んでみたいなぁ」と少しでも興味を持ったら、ぜひメディア学部の門を叩いてみてください。ここでしか学べないものが用意されていますよ。

・次回は8月30日に配信予定です