「人になにかを伝える」デザインとしての映像作りを学ぼう!
デザイン学部 伊藤英高 准教授
映像のエキスパートとして、デザイン学部で「映像デザイン」について教えている伊藤先生。デザイン学部全体のカリキュラムと、そのなかでの「映像デザイン専攻」の位置づけ。さらに映像が持つ力や可能性についてお話を伺いました。
■デザイン学部のカリキュラムの特徴についてお聞かせください。
本学のデザイン学部は入口がひとつ。その後、学びながら自分の専攻を選択していくことができるのが一番大きな特徴です。たとえば他の大学の多くは映像学科、あるいは映像学部というように、最初から「映像を学ぶぞ!」という意識で入学するわけですが、本学ではまず「デザインに興味がある」人が入ってくる。そこで様々なジャンルを学び、3年生になる段階で「工業デザインコース」と「視覚デザインコース」に分かれます。さらに3年の後期で、視覚デザインコースの場合は「映像デザイン」か「視覚デザイン」、工業デザインコースからは「空間デザイン」か「工業デザイン」のどちらか、最終的な専攻を選ぶのです。ですから幅広くデザインに興味を持っている人が、最初から可能性を狭めず、学びながら自分の道を選択していけるというのが大きなメリットです。
また学部全体に共通しているのは「実学」重視の学び。社会に出てすぐに役立つことを学ぼう、ということですね。さらにカリキュラムのテーマのひとつに「サステイナブル」(持続可能)を掲げています。これは、長く続いてきた大量消費社会に対するひとつの考え方として、どれだけ資源や生活の質を持続できるかということ。そのためにデザインがなにか役に立たないか、ということを基盤として考えています。たとえば企業イメージを伝えるデザインや、地域の活動や人の動きを外へ伝えるためのデザイン。そういうもののなかで「サステイナブル」を感じさせられることも、デザインの役割のひとつなのです。
■視覚デザインコースにおける映像表現の位置づけ、役割とは?
学生の皆さんが「映像」と聞いてまず連想するのは、日常生活のなかで見ているアニメーションやドラマ、映画などでしょう。ですから「映像」といえばストーリーがあって、いい意味でも悪い意味でもエンターテインメントと捉えがち。けれど本学の「視覚デザインコース」で学んでもらいたいのは、「情報伝達ツール」としての映像です。なにかを伝えたり問題解決を人と共有するためのツールとしての映像。いわば問題解決のプロセスを共有する道具、といったところでしょうか。あくまでもデザイン領域のなかでの表現で、自己表現ではない。この違いを身につけるのはとても難しいことなので、1年生の段階からかなり丁寧に説明しています。
映像というのは「体験」をもたらすという身体的な力を持っているので、短い映像でも人に大きなインパクトを与えることができます。けれどそれは裏返せば危険なことでもある。物事に抱く印象は、映像によって簡単に左右されてしまうからです。だからこそ映像を見るときには、作り手の意識を持つことが重要だということも、学生には折に触れて伝えています。この映像は誰が、どういう目的で、いつ作ったのか。どんな形で配信されて、どんな人が見ているのか。映像を見て感情を動かされるのと並行して、頭の隅ではそういうことをクールに判断する。作り手の知識と意識を持つことで、そういう客観的な視線を得られると思います。今は普通に量販店で売っているカメラで撮影して、PCで編集すれば、ほぼ無料でクオリティの高い映像ができてしまう。そしてそれが簡単にネットにアップできる。そういう意味で、これはデザイン学部の生徒に限らず、すべての人に持っていて欲しい意識ですね。
■映像デザイン専攻の可能性はどのようなものでしょう?
本学部では、コース選択に先がけて2年次から映像撮影のスキルを学ぶ授業があります。そこで基本的な映像制作の方法を身につけて3年に進めば、そのスキルを下敷きに映像で何かを伝えること、映像を何かに役立てていくことを学べます。具体的にはノウハウや物事のプロセスを伝える映像や、デジタルサイネージといって駅などにあるディスプレイを使った動画広告で使えるコンテンツを作る課題などがあります。さらに4年次には自分なりにテーマ設定を行って、学んできた技術を使って卒業制作を仕上げていきます。
ある学生が卒業制作として作った映像に、バラバラに暮らしている家族が「家族記念日」を作って年に一回集まるようになる過程を記録したものがありました。その家族は姉妹が中心の仲のいい大家族だったのですが、娘達がどんどん結婚して実家から遠くに離れてしまったため、なかなか家族が集まる機会が持てずにいました。そこで散り散りに暮らす家族が集まる「家族記念日」を作って、皆でランチを食べよう、という計画を立てた。その様子を企画段階からずっと記録していき、非常に雰囲気のある映像作品にまとめたのです。これはあるひとつの家族の話ですが、実はそこには核家族の問題や独居老人の問題も内包されています。
身近なところで問題を抱えている人がいたら、それを解決するプロセスを記録して、映像を作っておく。それはネットで簡単に公開できるので、問題を社会で共有することにつながります。一人一人が抱える小さな問題というのはこれまで表に出づらいものでしたが、映像でサポートすることによって解決につながったり、少なくとも問題を人々が共有できるようになる。これもまた映像がもつ大きな可能性だといえるでしょう。
■先生が現在、取り組んでらっしゃる研究について教えてください。
もともとは美大の油絵学科にいたんですが、3年の半ば頃からビデオ映像の編集に興味が出てきて、実写映像をコンセプチュアルに編集する、いわゆる「ビデオアート」という現代美術的な分野にのめり込んでいきました。卒業後に就職した会社では映像作りの仕事に携わっていたのですが、次第に個人でも映像編集が簡単にできるようになってきて、会社をやめて大学などの非常勤講師をしながら個人で動画を作ったりしていました。
そのうちに、目から入ってくる情報ばかりの映像に飽きてしまったのかもしれません。映像制作への興味が次第に薄れてしまった。とはいえ映像を受けとる面白さというのは感じていて、それって実は個々の体のなかや頭のなかにあるものじゃないかなと思い始めたんです。同じ音楽を聞いても、人によって頭のなかにひらめく映像は違いますよね。そこで「回す」とか「ゆらす」といったシンプルな動きをきっかけに、それぞれの頭のなかに異なるインスピレーションを呼び覚ませないだろうかと思って、インスタレーションの方に興味が移っていきました。
たとえば竹で編んだ籠をゆらすと人の言葉と一緒に煙がゆれるような映像が映し出される「三弦」(2005)は、離れた場所に置かれた二つの籠を使って対話ができます。また「水調子」(2010)は、会場にやかんが置いてあり、それを手にとって傾けると様々な虫の鳴き声がしたりするもの。これは使い古された道具に、新たな機能を「憑衣」させ、それを操作することで新たな感覚を呼び起こそうとした作品です。家電など身近なものがコンピュータに繋がって違う意味をもつようになるIoT(Internet of Things)に似た考え方ともいえるでしょう。
これらは広くは「メディアアート」と呼ばれる分野でもあります。メディアアートとは、メディアそのものを考える、あるいは知るということ。メディアによって表現も変化していくということで、デザイン学部で学ぶこととも関係していると思います。
■今後の展望についてお聞かせください。
たとえばfacebookのタイムラインに知り合いが撮影した個人的な映像が途切れずにアップされていったり、Youtubeには次々に世界中で起きている出来事の映像が流れていく。最近のネット上での映像の使われ方は、これまでとは大きく異なってきています。またネット上で視聴されることを前提とした映像を作る会社も増えてきています。同じ映像でも、文字の扱い方や、編集の仕方、さらに画面のサイズなどがネット用とテレビ用では大きく違っています。古い世代から見ると「え?」と思うような映像も増えてきていますが、若い人たちはそれを普通に受け止めている。ネットの進化によって、映像の世界全体が変わってきているといえるのではないでしょうか。映像を扱う人間として、そこを古い感覚で切り捨ててしまわないようにしなければ、と肝に命じています。
また、最近は世代によって見ているメディアが全然といっていいほど違います。高齢の方々はいまだに地上波のテレビを見ていますが、若い世代はSNSでゲームをやっている。メディアが異なるとそこから得られる情報にも違いがあり、それはいずれ政治的な問題にもつながっていくでしょう。その格差についても考えなければいけないなと思っています。
個人的な活動としては、コンピュータを使ってとても細かい動きが設定できるステッピングモーターで物を動かして、固定カメラでそれを撮影する写真作品に手をつけはじめています。映像の原点としての写真というイメージで、なんとか形にできればいいなと思います。
■最後に学生の皆さんにメッセージをお願いします。
なにかを伝達するツールとして、いろいろな可能性を持っている「映像」に興味がある人に、ぜひ本学部に入ってきて欲しいですね。何かを伝えたり人の気持ちを動かすことができる、そういうデザインとしての映像に興味がある人に、目を向けてもらえたらなと思います。
はっきりとした目的をもって作られた映像は、見た人の反応がビビッドにかえってくるし、目的を達成できたことも明確になるのでとても面白いんですよ。しかも「人のためになる」というのは、やっぱり気持ちがいいことですし、作っていても楽しいんです。
卒業後は、デザイン関係に進む人だけでなく、一般企業の営業や企画などへ進む人も多くいます。これはデザイン学部全体にいえることですが、専門職はもちろん、全く別の職種でも活かせるのがデザインの強みです。たとえば営業の仕事をしていても、コミュニケーションのツールとして映像の撮影・編集技術が活かせます。あるいは自分で直接、映像を作らなくても、外注するときに作り手の意識をもてるのは、とても役に立つはずです。
どんな仕事についたとしても「伝える」ことは重要です。人に何かを伝えたり、気持ちを動かすツールとして映像を学んだことは、どんな仕事に就いても無駄になることはないでしょう。
■デザイン学部WEB:
https://www.teu.ac.jp/gakubu/design/index.html
・次回は10月7日に配信予定です。