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「これまで人類が利用できなかった難解な現象を解明して、人の役に立てたい!」

応用生物学部 佐々木 聰 教授

応用生物学部 佐々木 聰 教授

もともとは分析化学がご専門の佐々木先生。培った応用物理学の知識を活かして、現在は、生物や植物などの新しい活用方法について研究しています。今回は、数々のユニークな研究の中から代表的なものをピックアップしてお話しいただきました。

2Lペットボトルで培養した発光バクテリア

■先生の研究室では、どのような研究に取り組んでいるのですか?

メインとなるのは、「光るバクテリア」の研究です。スルメイカの表面から採取したバクテリアを光らせるという研究ですが、光らせるとひとくちに言っても、そう簡単ではありません。例えば、それを何かに役立でようと思った場合、少なくとも一定の強さの光が必要となります。そこで、まずは光り方が安定する条件を見つけるところから、研究を始めました。ところが、なかなか安定してくれないんですね。そこで今度は、なぜ安定して光らないのかということを調べています。調べる手法の一つには、化学があります。このバクテリアが光る仕組みは、単純な化学反応ですから、まずは化学の視点で調べます。ところが、この化学反応を起こす物質は、バクテリア自身が作っているので、生物学的にも調べなくてはなりません。では、化学的、生物学的な視点で調べれば、すべてが理解できるのかというと、そうでもない。というのもバクテリアは、すべてが同じ個性を持ったバクテリアの集まりではないからです。明るいものもいれば、暗いものもいるし、元気に泳ぎ回るものもいれば、じっとしているものもいる。まったく同じ種類のバクテリアでも、年齢、性別、性格など、いろいろと違ったものの集まりなのです。さまざまな個性を持ったものが集まり、全体として光るという振る舞いをしている。そうなると、今度は「個と集団」という視点が必要になってきます。それを解明するには、物理学的、あるいは数学的な手法を用いなければなりません。つまり、イカの表面に存在する、光って面白いバクテリアの振る舞いを調べようとすると、化学も生物も物理も数学も使わないと、解明できないのです。また、理論上で説明できても、それを確かめるには、やはり最先端テクノロジーが必要になります。バクテリアの個々の光を捉えるには、超高感度カメラが必要ですし、バクテリア内での反応を調べるには、どんな遺伝子が発現し、どんなタンパク質が作られているかを調べなければなりません。そういうわけで当研究室では、物理、生物、化学といった分野の垣根を越えて、非常に総合的な知識を動員して研究に取り組んでいます。

■先生が“光るバクテリア”に注目したきっかけとは何だったのですか?

例えば、温かいお味噌汁をじっと見ていると、お味噌がわき上がってくるところと、沈んでいるところとがありますよね。そういう“対流”が起きることで、お椀の中には模様ができます。つまり、単なる1杯のお味噌汁の中にも、秩序というかパターン、模様みたいなものが自然と作られるわけです。この現象を「自己組織化」と言います。そういう現象の中で、何か簡単に研究室で扱えるものはないかと考えていたところ、たまたまイカから採取した光るバクテリアの光が、強くなったり弱くなったりすることを見つけて、研究をスタートさせました。
実はこれまで人類は、この「自己組織化」という現象を利用してきませんでした。こうした現象と同じものを、人の手で作り出すことが非常に難しいからです。条件を揃えても、できた模様やその数が違い、二つと同じものは作れません。ところが今は、その現象を物理や化学や生物、数学を使って考えるようになってきています。いろいろな学問が発展したことで、幅広い分野の知恵を使って、難しい現象を捉えようとする流れが出てきたのです。さらに、誰もがコンピュータを持てるようになったことも大きいです。昔は大変だった複雑な計算も、今はコンピュータで簡単にできます。そういう背景があって、一見難しそうで、利用されてこなかった現象を研究してみようと思ったのです。

■“光るバクテリア”は、どんなことに応用できるのでしょうか?

すぐに活用できるものでは、電源のいらない照明があります。ペットボトルにイカの煮汁を入れ、そこでバクテリアを増やすと、その液体は青く光ります。人工の照明に比べると明るさは微々たるものですが、種菌と何か菌の栄養となるものがあれば簡単に作れますから、災害時の非常灯として利用できるかもしれません。また、学術的な応用例では、コレラ菌やO-157の毒素が、どのタイミングで作られるかを理解するモデルに応用できる可能性があります。光るバクテリアが光るようになるメカニズムは、実はコレラ菌やO-157が毒素を作り出すのと、ほぼ同じです。光るバクテリアが、時間の経過によって光が強くなったり弱くなったりするように、コレラ菌やO-157の毒素にも、濃度の周期があるかもしれません。そういうことを調べるモデルに使えないかと考えています。それから芸術やエンターテインメントへの利用も考えています。メディア学部の先生に相談したところ、音楽のステージ上で、人が歩いたり触れたりしたところを示す光に使うと、面白いのではないかという意見が出ています。また、これはコンピュータサイエンス学部と、ぜひ一緒に研究したいことですが、光るバクテリアの記憶素子を作れないかと考えています。光るバクテリアに特殊な光を当てると、バクテリアの光がいったん消えて、また明るくなることがあります。これを上手く利用すれば、光でデータを書き込んで、出てくる光を読み取るデバイスとして、次世代のコンピューティングに役立てられるかもしれません。

■他には、どんな研究を手がけていますか?

「植物を使った発電」を検討したことがあります。海水でも比較的育つことのできる塩生植物を使って、発電することを考えました。塩生植物は、体内に塩水を吸い上げることで水分を取り込んでいますが、葉っぱから蒸発する水分には、塩分は含まれていません。そうすると、体内のどこかに塩がたくさん出てきているはずです。つまり塩生植物の体内には、非常に大きな塩分濃度の違いがあると考えられるのです。しかも植物ですから、細い管がいくつも茎の中にあり、濃い塩水のある管と薄い塩水のある管が並んだ構造になっていると考えられます。こういう構造のところに、うまく電極をさすと、塩分濃度の違いで電気エネルギーを取り出すことが可能です。つまり、植物発電ができるのです。実際に測定してみたところ、電圧は比較的高く得られたものの、電流を取り出すときに、電圧が下がってしまう、専門的な表現をすれば、内部抵抗が大きいということがわかりました。ただ、最近は、より少ない電流で動かすことのできる素子がたくさん出回っています。身近な例では、発光ダイオード(LED)の照明。あれは非常に消費電力が小さいので、塩生植物を数十本集めれば、明かりを灯すことができるのではないかと思います。

蒸散量センサーをとりつけた塩生植物(石垣島)

■学生は、どのように研究に関わるのですか?

学生には、ひとつひとつの基本的な調査を担当してもらっています。この分野の研究は、従来のオーソドックスな手法による観察、分析、実験が通用しないことがあり、そこが難しい部分です。ですから例えば、大腸菌の個性の違いを見ようと思ったら、従来のように液体の中に均一に混ぜた状態ではダメで、ありのままで観察しなければなりません。その“ありのままで観察する”方法を、自分で考え出さなくてはならないのです。そういう地道なことを積み重ねていく研究です。ですから卒業研究でも、例えば、大腸菌の個性を調べるために、まずはその“方法”を研究してもらったりしています。あまりの難しさに呆然とする学生もいますが(笑)、この研究室で培った方法は、世界中でここにしかない独自の方法です。「その現象を調べる方法は、我々の作ったこの方法しかない」という大きな自信が持てるものなのです。それを励みに、学生たちは研究に取り組んでいます。ですから卒業研究は、これまでに何本も海外の学術誌に掲載され、評価されています。

■最後に今後の展望をお聞かせください。

教育面では、学生に“まだ誰も見たことのないものを、自分の目で確かめることのエキサイティングさ”を体験してもらいたいと思っています。「この現象は、自分たちが世界で最初に見つける!」という思いを叶えることが、サイエンスに関わる最大の喜びですからね。そこを感じられる研究室でありたいと願っています。
また、研究者としての夢は、これまで人間が利用できなかった、放っておくとできる模様やパターンの仕組みを、人の役に立てることができればと思っています。さらに言えば、それを使わなければできないことで、みんなが喜ぶことを見つけられたら本望ですね。

[2011年10月取材]

・次回は12月9日に配信予定です。

2011年11月11日掲出