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“プリミティブイラストレーション”をベースに、人に長く大切にしてもらえるものをつくりたい

デザイン学部 末房志野 講師

デザイン学部 末房志野 講師

紙を焦がして描くイラストレーションで、独自の世界観を表現している末房先生。今回は、最近手がけた作品の紹介や研究テーマ、そのテーマとの出会いなどを、お話いただきました。

Freqtric Drums

■まずは先生の作品について教えてください。

私はグラフィックデザインの中でも、特にイラストレーションを専門としています。わかりやすいところでは、書籍の装丁やカレンダーといった紙媒体のイラストレーションが仕事の中心です。作品は、紙を焦がす手法を用いて描いています。それからポスターや、ロゴマークをデザインするということもしています。ここ1年で特に印象的だった仕事は、「Freqtric Drums(フレクトリックドラムス)」という新しい電子楽器のグラフィック部分を手がけたことです。フレクトリックドラムスは、ハンドル部分を片手で握って、もう片方の手でお互いに触れると音が出る、ボディタッチを通して演奏するインタラクティブなアート作品です。前任の大学の同僚だった先生が開発されたものですが、それを商品化するにあたって、どんな色にするか、再生やストップといったアイコンや文字のデザイン、ロゴマークなどを担当しました。これを開発された先生と私は、研究分野はまったく違いますが、お互いの特長を活かしながら一緒につくり上げたものなので、とても印象深いです。また、このフレクトリックドラムスは、今年、オリジナルバーションとして、木を使ったものも制作されました。そのパッケージデザインやパンフレットも、私が手がけています。この楽器は、今後も同じテーマでいろいろと展開されるそうなので、ぜひ続けてグラフィックデザインやイラストレーションの部分で関わっていきたいなと思っています。
それから、全国の高等学校で使われる、英語の教科書の表紙や全体のイラストレーションの仕事に携わったことも忘れられない仕事です。今も学生に「高校生の時、この教科書を使っていました。」と声をかけられることがあり、嬉しく思います。教科書は高校生にとって、授業以外でも手にする相棒の様な存在ですし、多感な時を一緒に過ごすのだから、説明的で無機質なものでなく、生き生きとしたものにしたいと考えました。1年次の教科書の表紙では色とりどりの花が咲く樹がむくむく伸びている様子を、2年次ではその樹木から鳥が羽ばたく様子のイラストレーションを制作しました。勉強を通して学び、成長して、羽ばたくというコンセプトです。
こんなふうに、それぞれの専門を活かしながらひとつのものをつくったり、誰かのために作ったり、それが実社会で活用される。そして長く使ってもらえるものに関われることは、とてもやりがいを感じます。グラフィックデザインやイラストレーションは、流行に似て時代の流れとともに風化していく儚い側面もあるのですが、時代に残るもの、特に人の役に立つとか、長く人の手にあって、大事にしてもらえるものをつくることが私の理想ですね。

■先生の作品は自然をモチーフにしたものが多いようですが、それは研究テーマと関係があるのですか?

私の研究の源が「プリミティブなもの」なんですね。“プリミティブアート”というものがあって、これは一般に原始美術や洞窟壁画などの先史時代の造形美術、民族美術などのことを指します。最近はその領域が拡大されつつありますが、そういったアートは、細かい陰影や立体感がなく、ある意味で稚拙な描き方とも言えるのですが、一方で造形的にはすごく素朴で、力強さやあどけない親しみを持っています。私はそれが表現やコミュニケーションにおいて大事なことだと思うんですね。そこで自分自身のテーマを“プリミティブイラストレーション”と名付けて、それを私のオリジナリティとしています。“プリミティブイラストレーション”の定義は、思想的には無垢、技術的には素朴、内容的には未分化な表現。未分化というのは、分類される以前の大元という意味です。それから、少ない要素、単純な形態、素朴な表現、人間的な感性、無垢な心情、生命と自然、というものが主題です。ですから人工的なものは、ほとんど描きませんし、依頼を受けて描いた場合でも“プリミティブ”な描き方をするようにしています。

末房先生がイラストレーションを手がけた英語の教科書

■そうしたテーマに行きついたきっかけとは、何だったのでしょうか?

大学2年生のときに、はんだごてを使って立体をつくる課題があったんです。その制作を自宅で行っていたとき、机にはんだごてを置いていたら、そこにあった紙が焦げて。「ああ、香ばしい香りだな」なんてのん気なことを思いながら(笑)、その紙を見ると美しい焦げ色の穴があいていました。その穴が点に見えて、はんだごてを引いてみると線も引けて。点と線が描けるということは、これで絵が描けるのではないかと思ったんですね。そこで、焦げた痕跡の点と線とで作品をつくり、学園祭に出品したら、卒業生の方や学外の方が「おもしろい」と言ってくださって。それを機に制作を始めて、発表していたら、作品を観てくださった方から「洞窟壁画に似ているね」と言われようになりました。洞窟壁画は、歴史の教科書で見たことはありましたが、特にそれを真似たわけでもないのに、なぜ似たのかと、とても不思議に思いました。それで洞窟壁画の写真を見てみると、すごく好きだという感覚と同時に、確かに似ていてびっくりしました。そこで、似ているものとはなぜ似ているのか、逆に似てないものとはなぜ似ていないのかと考えるようになって。これを突き詰めると、自分の表現の根本が確立できるのではないかと思いました。そうして洞窟壁画を調べるうちにプリミティブアートと出会い、それらが持つ造形的な共通点や人間がそれをつくるときの思考の共通点について興味を持つようになったんです。

はんだごてを使った作品

■では、授業ではどんなことを教えているのですか?

2年生対象の「イラストレーション論」では、いろいろなグラフィックデザインやイラストレーションの事例を紹介しています。この授業が、学生の進路を決めるきっかけや出会いとなればと思っているので、できるだけたくさんの事例を紹介するよう心がけています。将来、グラフィックやイラストレーションの方向に進まなかったとしても、説明図などの図解も含めてビジュアルで表現したり、伝えたりすることは、どの分野でも必要なスキルです無駄にならないと思います。それからスキル演習Ⅰの「イラストレーション」という授業では、3年生で専門分野を選択するときに、身に付けておかなければならない技術を中心に教えています。例えば、言葉の意味を文字を使わず相手にビジュアルだけで伝える絵をイラストレーションとして描きなさいという課題などに取り組んでもらいます。また、この演習では画像編集ソフトのAdobe Illustratorの使い方も教えています。今は、原画を描いて、それをクライアントに渡せば終わりという時代ではないんですね。手で作ったものもデジタル化されて、印刷物のみならず、布、器、映像やWEB、などあらゆるメディアに活用されます。ですからこの演習では、デジタルデータをつくることも教えています。

■最後に今後の展望をお聞かせください。
研究では、先ほどお話した研究テーマによる創作、社会での実用(仕事)と並行して、「イラストレーション」ということを大系的に捉え、ひとつの研究分野として確立させたいと考えています。イラストレーションは、描きたい、学びたい、という人が大変多いわりには、まだまだ“お絵かき”という扱いで、美術やデザインの中でも位置づけが曖昧で、専門分野として体系的になっていません。そこで私の恩師や他の研究者の方たちと一緒に、将来的には「イラストレーション学」という分野を確立し、学びたい人がきちんと学べ、表現をする人が理論だけでなく作品という研究を発表できる環境を整えていきたいと考えています。自分が生きている間にできるか分かりませんが、地道に追究したいと考えています。それが私の志しです。
[2011年9月取材]

・次回は11月11日に配信予定です。

2011年10月14日掲出