「企業経営のロールプレイやそのためのシステム開発を経験することで、世界に通用する実践的スキルを身につけよう!」
コンピュータサイエンス学部 中村太一 教授
「タンジブル・ソフトウェア教育」をキーワードに、実践的なソフトウェア開発ができる人材を育成するカリキュラム設計や教材の研究・開発に取り組んでいる中村先生。前回の取材では、その中のテーマのひとつ、プロジェクトマネジャーを育成するための「プロジェクトマネジメント教育」についてお話しいただきました。今回は、その後の研究の進展と成果について語っていただきます。
(過去の掲載はこちらから→ https://www.teu.ac.jp/interesting/011392.html)
■前回の取材では、プロジェクトマネジャー(以下PM)を育成するためのカリキュラムとして、PBL(Project Based Learning)という実践力を培う学習方法を採用した授業についてお話しいただきました。中でも3年生後期の科目「プロジェクト経営手法」では、学生たちが仮想プロジェクトをコンピュータ上でロールプレイすることで学べるという画期的な試みをされていたと思いますが、現状はどのようになっていますか?
「プロジェクト経営手法」は、学生が3人程度のグループにわかれて、ウェルネススポーツという名前の架空のスポーツクラブ会社をコンピュータ上で経営するという授業でした。この授業は、今もシナリオをつくりかえながら続けています。今回(2010年後期)は、新たな試みとして、授業を1日3コマ(最終日は4コマ)、全6回の集中講義形式に替え、学生たちにメンターエージェントが登場するロールプレイをしてもらおうと考えています。“メンター”とは助言者という意味で、メンターエージェントとはロールプレイ中に学生たちに助言してくれる仮想擬人化システムのことです。ロールプレイは従来通り、学生たちが発注者と受注者に分かれて、それぞれの立場からウェルネススポーツの新しい顧客管理システムの開発プロジェクトを進めていきます。その過程で例えば、学生同士がチャットで意見交換しているとき、どうも意見が盛り上がっていないとシステムが判断する、つまり何秒間か沈黙が続いたら「意見交換してください」とメンターエージェントがテキストを表示して促します。また、その場面の意思決定に必要な情報が行き交っていないと判断すれば、「○○の情報について意見交換してください」と助言することもあります。
■メンターエージェントの導入に至った背景は何だったのでしょうか?
この授業に参加する学生たちは、当然、システム開発経験もマネジメント経験もありません。そういう学生が集まってグループになります。仮想プロジェクトとはいえ、まったくの素人が集まった状態では、なかなか課題はうまく進みません。もちろん、ロールプレイなので何をどう進めても構わないのですが、せっかくの機会ですから、こちらとしては、意見交換、情報共有を活発に行い、正しいと思われる方向に進行してほしいと思うわけです。
それで実は、2年前に「PBL演習」というプロジェクトマネジメントの授業で、流通業のサプライチェーンマネジメントをロールプレイで扱ったことがあって,そのときに学生30名を4~5人のグループに分け、さらに各グループにひとり、私くらいの年齢で、実際に企業でシステム開発に携わっていた方にメンターとして入ってもらったのです。その授業の最後に、学生にアンケートをとったところ、経験者に入ってもらうと参考になったという意見が多くありました。例えば、ロールプレイの中で、ある問題が起きたとします。それに対して、10人のメンターがいると、10人とも別々の解決策を提案します。それで学生はちょっと戸惑うのですが、システム開発や実際の仕事とはこういうものなのだと気づくんですね。学生たちもロールプレイの中で意思決定をしていきますが、それに対して当たり前のように違う考えもあって、それも別に間違いではないということを経験します。ですから学生にとってはメンターがいるほうが、より深い経験ができるといえるのです。ただ、費用面で「PBL演習」のときのようにメンターの役割を担える経験豊富な人を何人も呼ぶことはできません。そこで今回は、次善の策としてコンピュータ上にメンターを仮想的に用意することにしました。
また、経済産業省が挙げているPMに必要なスキルの中に、コミュニケーション、ネゴシエーション、リーダーシップという項目があります。ただ、授業でロールプレイを経験した学生に、果たしてそうしたスキルが身についたかどうかを判断することは難しいです。
そこで私たちは、教師の期待通りの行動がとれるように、ロールプレイ演習の進行支援、知識の教授,および演習課題の指導を行うメンターエージェントを開発しました.問題を解決するために必要な情報共有を行い、必要なキーワードがチャットの意見交換で飛び交っていれば、そのグループはコミュニケーションスキルが期待していたレベルまで達したと判断することにしました。また,オンライングループワーク演習システムを使っているので、学習者のロールプレイ演習履歴情報から、修得したスキルの定量的評価も可能になります。
■これらのシステムは、先生の研究室に所属する学生たちが開発しているのですか?
私の研究室に所属する4年生の数名が卒業研究のテーマとして取り組んでいて、大学院生がそのプロジェクトのPMを担っています。ですからこのシステム開発自体もひとつのプロジェクトだといえますね。学内で使用するものとはいえ商用に近いものをつくらなければいけませんから、運用体制も含めて、みんな緊張感のある中で取り組んでいます。
今後の展開としては、メンターエージェントだけでなく、学生のグループに加わって、あたかも人間のように一緒にロールプレイする仮想人物のシステムをつくろうと考えています。その仮想人物がエキスパート(熟練者)だったり、どうしようもない人だったりという設定で考えています。実際の開発現場でもそういうことはあり得ますからね。また、2011年度からはシナリオ自動生成システムの開発に取り組んでいきます。よくゲームの世界で使われていますが、ロールプレイをしている人が選んだ答えに従って物語ができあがっていくというものです。そうすることでプレイするほうもゲーム感覚で楽しめますし、開発する側もゲームを開発するような感覚で取り組めるのではないかと思っています。
■PBLを経験し、社会へ出た卒業生からは何か反応はありましたか?
研究室で最初の開発に関わった4年生のひとりは、入社したとたん、新入社員教育のトレーナーをすることになったと話していました。本来は、自分が新人教育を受ける立場なんですけどね(笑)。また、先日遊びに来た昨年の卒業生は、研究室での経験が本当に役に立ったといっていました。新入社員はスキルレベルでは大差ないと思いますが、PBLを経験した学生はやはり仕事の手順がわかっている分、いちいちいわれなくても次にすることがわかっているという点が強みなのかもしれません。私としては、それだけ研究室での経験が身になったということは、うれしいです。中には「研究室より会社のほうが楽なくらいだ」なんていっていた卒業生もいましたけど(笑)。
■最後に今後の展望をお聞かせください。
先のシナリオ自動生成システムを開発することがひとつ。それから学生がロールプレイ中に何をしたかという行動履歴をすべてデータとして記録しているので、それと教育効果の関係を明らかにしたいです。また将来的には、ロールプレイ演習の演習者として参加するエージェントを開発し,いろいろな性格やスキルを備える人によるプロジェクトマネジメントのシミュレーションにまでもっていきたいと考えています。これはあくまでも例えですが、各国の大統領や首相といったキャラクター性があって、価値観や立場の違う人たちをシステムに登場させ、問題解決に取り組んだら、どうなるだろうかということをできるようにしたいですね。それはプロジェクトチームをつくるときに、どういう人選をすれば良いかの参考になるだろうと思います。ただ、これはとても私ひとりでできる研究開発ではありません。心理学や教育学など、さまざまな分野の方と協力して開発できればと思っています。
[2010年12月取材]
・次回は3月11日に配信予定です。
※カリキュラム…教育課程。教育の目的を達成するために、学習者の発達段階や学習能力に応じて、順序だて編成された教育内容の計画体系。
※プロジェクトマネージャー(PM)…システム開発計画を円滑に運営する責任者。
※PBL…実践的学習方法の1つ。課題解決型学習方法とも呼ばれている。与えられた目的を達成するために、学習者は主体的に行動し、解決すべき課題やその解決方法を自力で発見し実行することで、単なる机上の知識ではなく実践的な生きた知識や技能(スキル)を学んでいく。
※サプライチェーンマネジメント(SCM)…企業活動の管理手法の1つ。一連の事業を総合的にとらえて管理する手法。
2011年2月11日掲出