「不妊という生殖にまつわる問題への支援を続けることで、不妊看護の発展に貢献したい。」
医療保健学部看護学科 野澤美江子 教授
母性看護学を専門とする野澤先生のキャリアは、助産師から始まりました。そこから発展し、現在は、不妊に悩む人たちへの支援などに取り組んでいます。今回は、そうした研究の詳細や今後の展望についてお話しいただきました。
■先生は、どのような研究をされているのですか?
ひとつは、不妊の問題を抱えている人たちを支援するというテーマの研究があります。今、日本では、7~10組に1組のカップルが、妊娠したくても妊娠できないという問題を抱えています。その問題解決のために不妊治療を受けるカップルがいるわけですが、必ずしも全員が治療に成功するわけではありません。また、女性の性周期を考えると、1ヵ月に1度しかチャンスがないので、あっという間に1年、2年と経ってしまうというのが現状です。加えて不妊治療は、かなりプライバシーに関わる部分まで立ち入って行われますから、中にはカップルの関係がぎくしゃくすることがあったり、どの段階まで治療を進めるか、あるいはどこで治療を止めるかといった決断の意思統一ができにくかったりする場合があります。また、たとえ男性に原因があったとしても、基本的に治療の対象は女性になりますから、どうしても女性に負担がかかります。そうすると「なぜ、私だけが?」と、カップル間でズレが生じてしまい、協力し合って治療に向き合うことが難しい状況になることもあります。
その一方で、不妊であることや不妊治療から生じる悩みがあっても誰にでも相談できることではないという雰囲気があります。日本の社会通念の中では、やはり“子どもを産んで一人前”という考えがありますから、中には殻に閉じこもって誰にも相談できないと言う方もいらっしゃいます。つまり相談できる相手は、パートナー以外にいないんですね。それなのにパートナーとぎくしゃくしていたら、ますますストレスになり、治療の成果が出にくくなるという悪循環が生じてしまいます。そこで、どうすればカップルの関係に満足し、お互い大事にされていると感じられたり、メンタルヘルスを良くすることができるのかと考えた結果、着目したのが“親密さ”という部分でした。カップルの親密さを高めることができれば、カップルの関係性も安定し不妊治療のストレスも軽減できるのではないかというわけです。それで親密さを促進させるプログラムを開発し実用化することを目標に、この研究が始まったのです。
■親密さを促進させるプログラムとは、具体的にはどのようなものですか?
平成18年に科学研究費補助金の助成を頂いて、「不妊ケア.com」というウェブページを立ち上げました(http://www.funincare.com/)。そこで、2つのプログラムを展開しています。ひとつは「カップルの親密さ自己診断プログラム」で、いわゆる自己診断テストです。設問に答えていくことで、カップルの親密さの程度がわかるというもので、親密さが高ければ、今のまま続けましょうというアドバイスが出ますし、もし低ければ「こんなことをすると親密さが高くなりますよ」というアドバイスが自動的にフィードバックされるシステムになっています。それからもうひとつが「カップルの親密さ向上プログラム」というもので、ウェブを介して私とマンツーマンでやりとりする対話型のシステムです。このプログラムでは、カップルの親密度が高くなる方法や相手に自分の気持ちをうまく伝える方法などのアドバイスをし、週に1度、日誌の形でその間の経過を報告してもらいます。その報告から、またアドバイスをするという形で対話していきます。
■先生が不妊というテーマに取り組もうと思ったきっかけを教えてください。
今から10年以上前のことですが、私が病院で働いていたとき、不妊治療を受けている方に出会ったんです。そのときの、その方の印象があまりにも暗くて。何か悪いことをしているかのように、こそこそと隠れる感じでした。そこで「不妊治療を受けるのに、なぜ、そんなふうにしていなくてはならないのだろう?」と疑問を持ったことがきっかけですね。
■他にはどんな研究がありますか?
前任の兵庫県立大学で取り組んだものですが、妊産婦の災害への備えや、災害時に妊産婦をサポートする看護師への備えを支援するというものがあります。前任の大学は兵庫県にあったので、阪神大震災の際、かなり復興に協力していました。ですから震災以降も、災害に対する意識が非常に高かったのです。それで大学を挙げて21世紀COEプログラム「ユビキタス社会における災害看護の拠点の形成」という大プロジェクトを立ち上げ、各専門分野の先生方が専門性を活かした災害支援を考えていくという研究がスタートしたのです。私の専門は母性看護学ですから、妊婦やその子ども、家族たちに、どんな支援ができるかを考え、その結果、いかに災害に備えるかという部分で支援しようと取り組みました。妊婦や高齢者、子どもは、災害時に弱い立場となります。妊婦の場合は、お腹が大きいので自由に動けなかったり、お腹の赤ちゃんが心配だったりします。ですから、例えば非常用持ち出し袋に用意しておくべきものとか、連絡がつかないときのために家族との待ち合わせ場所や避難場所を決めておくとかいったことを、小学校や母親学級、両親学級などで指導したり、冊子をつくったり、ウェブで見られるようにしたりしました(http://www.coe-cnas.jp/)。そこには、今回の東日本大震災でもそうですが、看護師がボランティアとして被災地へ行く際、何を準備していくべきか、あるいは現場でどう被災者たちの健康状態を把握していくかといったことのヒントみたいなものも掲載しています。
■教育者としては、学生を、どんなふうに育てたいと思いますか?
大学の授業時間は、限られたものです。そこで全てを教えるというわけにはいきません。ですから学んだことに自分で肉付けし、新たな疑問を見出し、自ら調べられる人になってほしいと思っています。学びを「面白い」と感じるようになるには、人から知識を押しつけられるだけでは無理です。自分が疑問に思って、調べ、新たな発見をして、そうだったのかと感動しなくては。ですから大学では、知的好奇心を刺激した上で、どうしたらもっと深く知ることができるのか、どうしたら調べられるのかというリソースの活用方法をしっかり教えなくてはと思っています。そもそも看護職は、自己研鑽が不可欠な仕事です。つまり、疑問に思ったことや新たに取り組まなくてはならないこと出合ったとき、しっかり自分で学ばなくてはなりません。そういう意識を卒業後もずっと持ち続けてほしいですね。そして、もっと勉強したいと思った時は、大学院へ進むなどのキャリアアップの道もありますから、大学院が立ち上がった暁にはぜひ大学へ戻ってきてほしいと思います。
■最後に今後の展望をお聞かせください。
これまでの研究では、不妊治療を受けている方たち、つまり子どもがほしいと思っているご夫婦に着目してきました。しかし今年からは、新たに“がん患者”に着目した研究に取り組もうと考えています。実は昨今、がん患者さんの妊孕性(妊娠する力)に関する問題が大きくなってきています。というのは、がん患者さんが化学療法や放射線療法を受ける場合、大人・子どもに関わらず、薬や放射線の影響によって、精子や卵子がなくなるという問題が起こってくることがあります。そうすると、将来、子どもを望めない状況になります。ですから、あらかじめ精子や卵子、あるいは精巣、卵巣の細胞を採取して、凍結させておくということが行われ始めています。しかし、患者やその家族に、がんの告知と同時に、今後の生殖についての選択を迫るというのは、なかなか難しいです。例えば、患者が子どもや独身といった、まだ人生設計が立てられない人の場合、容易には決められませんよね。その意思決定をどう支援していくかというテーマで、がん看護のエキスパートである専門看護師と、不妊看護のエキスパートである認定看護師とで連携して、患者に納得いく選択をしてもらうための研究を始める予定です。
また、不妊という生殖にまつわる女性やカップルへの支援は、今後もライフワークとしてずっと続けていくつもりです。そして、今後の願望としては、私の後継者、生殖看護を一緒に研究してくれる後輩を、この大学で育てたいと思っています。
[2011年5月取材]
・次回は7月8日に配信予定です。
2011年6月10日掲出