「微生物の気持ちになって!? 微生物を思い通りに動かしてみよう!」
応用生物学部 西野智彦 講師
目に見えない微生物の働きや機能を食品などに応用したり、その生命現象の解明に取り組んだりしている西野先生。今回は、研究室で取り組んでいる代表的な研究についてご紹介いただきました。
■先生の研究室「応用微生物学研究室」では、どんなことに取り組んでいるのですか?
例えば植物を材料に、酵母、カビ、乳酸菌などの微生物を利用した発酵食品の研究があります。ヤーコンという芋をご存知でしょうか? 南米アンデス山脈地方原産のキク科の植物で、日本でも青森県や茨城県、熊本県などで栽培されています。このヤーコンは、ガンや動脈硬化に効果があるといわれる抗酸化活性を持っています。抗酸化活性を持つ物質はポリフェノールという物質で、赤ワインの原料となるブドウの皮に多く含まれているものです。ヤーコンの場合は、皮だけでなく実にたくさんそれが含まれています。また、フラクトオリゴ糖というお腹のビフィズス菌に元気を与えるものも持っています。この体に良いといわれる成分を持っているヤーコンをワインのように酵母で発酵させたり、乳酸菌飲料にしたりする研究をしています。というのも発酵させると抗酸化活性が上がることがあるからです。役に立つものが微生物によって分解されたり変換されたりして、さらに良くなる。そういうことを期待して、ヤーコンの発酵などを手がけているのですが…なかなか効果を上げてくれる良いものはなくて、今のところ苦労しています(笑)。ですから効果を上げるというよりは、効果が減ることを抑える方向で研究をしています。発酵の温度を変えたり、殺菌の温度や時間を変えたり、いろいろ調整しながら取り組んでいます。
それから食品の味を変える研究にも取り組んでいます。これもヤーコンを使った研究です。ヤーコンは、やや甘みがありシャキシャキして、味も触感も梨に似ています。逆にパンチのない味とも言え、そのままではちょっとイマイチです。加熱して殺菌すると、変なニオイがしたり変な味になったりします。またヤーコンにはわずかに渋みがあり、それがこの食材の問題点とされています。そこでその渋みをなんとかしようと、この研究室に所属する大学院生が渋柿の脱渋に倣って、ヤーコンのアルコール脱渋に取り組んでくれました。タッパーに切ったヤーコンを入れ、その下にキッチンペーパーにアルコールを浸み込ませたものを敷いて2日間置くと渋みが抜けます。実際に渋抜きをしたヤーコンをミキサーにかけて飲んでみると、後味がスッキリしていましたね。またその学生は、なぜそういうことが起こるのかも調べてくれました。渋柿の場合、柿の成分がアルコールを別の物質に変え、その物質が渋みの物質とくっついて溶けなくなります。溶けなくなるから渋みが舌で感じられなくなるわけです。ヤーコンはキク科の植物で柿とは違いますが、同じことが起きているのではないかと仮説を立てて調べたところ、まったく同じ仕組みで渋みが抜けているとわかりました。今度はこの渋抜き済みのヤーコンを使って、元の素材を活かせる殺菌条件で発酵させて、クセを減らしたものをつくってみるつもりです。ヤーコンに含まれるポリフェノールやフラクトオリゴ糖は、健康に良い効果を与える成分として特定保健用食品でも認められているので、その成分プラス微生物で何か食品に役立てられたらと思っています。
■他には、どんな研究に取り組んでいますか?
乳酸菌がどのように生き、死ぬかという研究をしています。例えば、ヨーグルトをつくるとき、牛乳などに乳酸菌を入れ、そのなかに酵母をすりつぶしたエキスを入れると、菌の増殖が良くなります。そして菌は自然に増えていき、放っておくと自然に死んでいきます。つまりヨーグルトは完成していても、その中で乳酸菌の“生き死に”があるというわけです。市販のヨーグルトには、1ml中にある一定数の乳酸菌が生きていないといけないと法律で定められています。そうすると、なるべくヨーグルトの中に生きている菌がいて欲しいということになりますよね。そこで菌の増殖を良くする酵母エキスを使って、その量がどれくらい菌の死滅に影響するか実験を行いました。すると酵母エキスの量が多いほうが、乳酸菌が死ににくいということがわかったのです。現在は、酵母エキス以外のさまざまなエキスで試してみようと集めているところです。例えば、牛肉エキスや魚エキスなど体に良さそうなエキスを集めて、どれがどんな効果を出すか実験するつもりです。
また乳酸菌は酸に弱く、せっかくヨーグルトを食べても胃酸で乳酸菌が死んでしまうことがあります。しかしその胃酸が大腸菌や悪い菌からの感染を防いでいるという側面もあります。ただ、やはり乳酸菌は生きて腸まで届いてくれないと困りますよね。そこで乳酸菌の酸への耐性を調べています。今年は同じ種類の菌で豆乳と脱脂粉乳の2種類のヨーグルトをつくってみました。豆乳と脱脂粉乳とでは菌にとって育った環境が違うので、酸に対する強さが変わるかもしれません。そんな仮説をもとに実験したところ、脱脂粉乳で育った菌の方が若干、酸に強いという結果を得ました。育ちによって性質が変化することを培養履歴が影響するというのですが、今はいろいろなエキスを添加してその影響を調べようと考えています。味を損なうことなく乳酸菌を長生きさせ、うまく腸まで届かせることができる栄養エキスを見つけようと取り組んでいます。
■先生が微生物学に興味を持った理由とは? また研究の面白さとは何でしょうか?
子どもの頃から生き物を飼うことが好きで、アリジゴクやクワガタなどを飼っていました。その“飼育”が“培養”に変わったかんじです(笑)。大学時代は、ある薬草の根だけを培養していました。また、大学院に進んでからは、納豆菌がなぜ死ぬのかということを研究していました。納豆菌は、いろいろな死に方をするんですよ。乳化剤を入れても死滅しますし、急に冷やしても死んでしまいます。私は後者の、納豆菌を急に冷やして、あたたかいところへ出すと透明になって溶けてしまうという研究を手がけていました。ですからずっと「どうしたら微生物が死ぬのか」について研究していたのです。生きるの死ぬのと、なかなかバイオレンスな学問ですよね(笑)。その後、入社した食品メーカーの研究所では、逆にいかに菌を生き延びさせるかを研究していました。
研究の面白さは、意外なことが起きるところです。また、これは研究者としては良い答えではないかもしれませんが、思い通りになるところも面白いですね。きっとこうだろうと思って、その通りに微生物が動くと面白い。微生物は環境をちょっと変えると、生きやすい・死にやすいということがあります。そういう制御というと大げさですが、環境や条件によってコントロールできるところが面白いのだと思います。大学時代の恩師が「培養するときは微生物の気持ちになって取り組め」とおっしゃっていたのですが(笑)、それって結構本当だなと思います。大きな容器に入れていると温度変化が少ないけれど、小さな容器では温度変化が激しいとか、我々にとっては大した温度変化でなくても、彼らにとってはものすごく大きな変化だったりします。そういうところで実験の失敗が起こるんです。なぜうまくいかなかったのか検証すると、たいていそういう部分に問題があることが多いです。ですから恩師のその解釈は、今でもありがたい言葉ですね。
■最後に今後の展望をお聞かせください。
研究者としては、どうして微生物が死ぬのかを知りたいと思っています。微生物が生きたり死んだりする要因は、実はいろいろあり過ぎて、ひとつに決めることはできません。ゲームに例えると、ライフポイントがあって、各要因によって少しずつそれが減っていって死んでいるのだと思います。ですからスパッと「これが原因」とは割り切れないのだと思いますし、ひょっとしたら「これ」とは永遠に言えないのかもしれません。それでもやはり微生物が生きること、死ぬことの条件を少しでも明らかにしたいと思っています。そして、その条件を使い分けて、食品の分野で役立てることができるとうれしいですね。
[2011年2月取材]
■応用微生物学 研究室 (西野智彦)
https://www.teu.ac.jp/info/lab/project/bio/dep.html?id=23
・次回は4月8日に配信予定です。
2011年3月11日掲出