大学の学びはこんなに面白い

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研究・教育紹介

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「人間の潜在能力を高めるコンピュータ技術の開発を目指して」

コンピュータサイエンス学部 准教授 岩下志乃

■先生の研究について教えてください。

私の研究室では、人の持つ感性や個性、言語処理能力を活かして、誰もが簡単にコンピュータを使い、情報収集や伝達ができるようにする技術の研究を行っています。例えば言語処理に関する研究では「スマートヘルプシステム」というものがあります。これは、Microsoft Office Word(以下Wordと略)という文書作成ソフトウェアを操作する際に、作成者がわからないことを口頭で聞くと、画面上の秘書エージェントがマニュアルを元にどうすれば良いかを分かりやすく教えてくれるというものです。そもそもマニュアルというものは、めったに読まれることがありませんよね。また、初心者の場合は、専門用語が分からず、聞きたいことをどう表現すれば良いのかも分からないため、答えを探すことが難しい。さらにマニュアル自体の表現が難しいため、読んでも理解できないという問題もあります。そこでマニュアルの中の分かりにくいところを調べ、より分かりやすい話し言葉に換えて教えてくれるというのが、このシステムなのです。

■作成者がどんな言葉を用いて質問するかによって、コンピュータの判断も変わるように思うのですが、どのような仕組みになっているのでしょうか?

「スマートヘルプシステム」には、作成者の言葉から意図を理解する機能と、マニュアルを分かりやすく言い換える機能があります。例えば「絵の色を変えたい」と作成者が話しかけると、意図を理解する機能は「~たい」という言葉から希望を示す行為「want-action」だと推測します。また、「変える」という言葉から「change」という概念を、「絵の色」から「figure」と「color」という概念を抽出します。このように作成者の質問を決まった形式に落とし込んでいって、その意図を理解するという仕組みになっています。ただ、これを実装するためには作成者の言葉とコンピュータの理解を結びつける大規模な辞書が必要になってきます。実用化にはまだ少し時間がかかりますが、言語学者と共同研究をしているところです。意図を理解すると、対応するマニュアルを分かりやすい話し言葉に言い換えます。言い換えには、実際の会話ログから書き言葉と話し言葉の特徴を分析した結果から得たルールを使います。このルールはアプリケーション特有のものではなく,Word以外のアプリケーションにも適用することが可能です。

■では現在、研究室ではどのような取り組みがなされているのでしょうか?

いくつもあるのですが「スマートヘルプシステム」に関連することですと、卒業研究として4年生の学生が、作成者とインストラクターとの会話を録音したものを分析する研究を行っています。これは、Wordを操作して見本どおりの文書を作成するという指示を受けた作成者が実際に手を動かします。その際に分からないことが出てきたら、マイクを使って別室にいるインストラクターに質問をするのです。そうした会話のログを文章に書き起こしたものを“コーパス”と呼んでいるのですが、そのコーパスの内容を分析して、初心者と上級者の質問内容の違いなどを調べているのです。これは、私が研究の中心に据えてきた「言葉の分かりやすさ」という分野と深く関係しています。また、感性に関する研究としては、ブログ内で使われている言葉から感情を抽出して、それを色やグラフで表現するという研究をしている学生もいます。これに関連する研究で、絵本などの物語の中の言葉から感情を抽出し、それに合わせた音楽を流そうと試みている学生もいます。現時点で面白かったのは、絵本はブログと違ってそれほど感情を表現する言葉が多くないという発見です。例えば、私たちが「おじいさんが穴に落ちてしまった」という一文を読むと、驚いたり慌てたりするわけですが、この文章内に感情を表現する言葉はありませんよね。また、「みんなで餅つきをしています」と読むと、自然と楽しそうなイメージがわきますが、ここにも感情を表す言葉はありません。これはどうしてなんだろう? そんな小さな疑問と発見を繰り返しながら、卒業研究が進んでいます。どの研究テーマも学生自身が身近なニーズや興味から考え出したものなので、大変ですが楽しんで取り組んでいると思います。

■先生の研究には、常に「言葉」というものが関係しているのですね。

人間らしさ、感性や個性は、やはり「言葉」の占める割合が大きいですからね。人間は基本的に言葉で考えていて、コミュニケーションをとるときも主に言葉を使います。もちろんそれだけではありませんが。何かを伝えるというときには、言葉が非常に大きな役割を担っているのです。今は人と人とのコミュニケーションの間に、携帯電話やインターネットを介したチャット、掲示板…と、機械が入ってくる時代。そのときに、人間同士のコミュニケーションがどんなふうに変わっていくのかということに興味があります。そして最終的には、本当に人間に必要な機械とはどういうものなのかという研究に結び付けていきたいのです。今の時代は、何でも機械に何かさせようという方向になりがちですよね。でも私は、人間の持つ潜在能力が機械によって高められたり、引き出されたりすることを期待しています。「スマートヘルプシステム」にしても、ヘルプではなく、コンピュータが勝手に文書を作成してくれた方が楽です。でも、それでは人間の能力がどんどん低くなってきてしまう。ですから、人それぞれの個性の違いなどが、コンピュータを介してもきちんと反映できるようなものをつくり、実社会に役立てていきたいと考えているのです。

■では、最後に今後の展望をお聞かせください。

大きな目標は先に挙げたように、本当に人間に必要な機械をつくりたいということですね。もう少し近い将来の夢としては、やはり「スマートヘルプシステム」を発展させることです。例えば、画面上の秘書エージェントがマニュアルの中から答えを探してくるだけでなく、GoogleなどのWeb上の検索エンジンを利用して答えを検索してくるようにします。それを元に秘書エージェントが作成者に「こんな現象が起きていませんか?」と問いかけ、作成者がそれに答えたりしながら、一緒に問題点を見つけていくというようなことが実現できればと思っています。イメージとしては、パソコンに詳しい友人に聞くような感覚で「スマートヘルプシステム」を使用できるようにしたいですね。また、教育者としては研究室の学生一人ひとりが、研究の過程で何かを発見し、彼・彼女らの後の人生に少しでも影響を与えるような喜びを感じてもらえればと願っています。興味の範囲というものは、年を重ねるごとに狭くなりがちです。そんな中でも研究を続けることで小さな発見をしたり、深く考えることができると、興味も広がりますし、自分を成長させることもできます。私が研究を続けている理由もそこにあります。学生にも大学で一つのことに打ち込んだという経験を持ってもらえるよう、全力でサポートしていきたいと思います。

[2008年11月取材]

■感性・言語コンピューティング研究室(岩下研究室)
https://www.teu.ac.jp/info/lab/project/com_science_dep/135.html

・第14回、第15回は12月12日に配信予定です。