ヒト羊水中の高濃度ケトン体を発見 -羊水中のケトン体が胎児の脳成長に不可欠である可能性-
東京工科大学(東京都八王子市、学長:香川豊)応用生物学部の佐藤 拓己教授の研究グループは、金沢医科大学(石川県河北郡内灘町、学長:宮澤克人)産科婦人科学の柴田健雄講師らとの共同研究により、ヒト羊水(注1)中のケトン体(注2)濃度が、母体血中と比較して有意に高いことを明らかにしました。
本研究成果は、2025年4月25日付でオランダの科学雑誌「European Journal of Obstetrics & Gynecology and Reproductive Biology」に掲載されました。

【研究概要】
妊娠後期、母親のお腹の中でヒト胎児の脳は、脳内の神経細胞が急速に増え、脳の構造と機能が急速
に発達します。妊娠28週頃から大脳の表面にしわや溝が形成され始め、36週~40週頃には大人の脳に似た外観になっていきます。妊娠後期の短期間での脳の成長のために、摂取するエネルギーの大半が胎児の脳で消費されます。また、そのエネルギー基質の60%以上をケトン体が占めていることが知られています。
本研究グループは、羊水中のケトン体濃度が母体の血中ケトン体濃度と比較して有意に高いことを見出しました。今回の発見は、これまで知られていた胎児へのケトン体供給源が臍帯静脈(注3)経由に加え、胎児が羊水を飲むことで胎児に高濃度のケトン体供給が行われている可能性を示すものです(図1)。
【研究背景】
ヒト胎児の脳は、妊娠期間中、エネルギー源として主にケトン体を利用していることが明らかになっています。このケトン体がどこから供給されるのかについては、約9年前に胎児へ血液を送る臍帯静脈中のケトン体濃度が高いことが発見され、臍帯静脈が供給経路の一つであることが示されていました(Muneta T. Glycative Stress Research. 3. 2016)。しかし、妊娠後期における脳の急速な発達を支えるには、より多くのケトン体が必要であり、複数の供給経路が存在するのではないかと考えた東京工科大学の佐藤教授は、胎盤や羊水がケトン体の供給源となりうる可能性に着目し、金沢医科大学との共同研究を開始しました。
【研究成果】
研究グループは、まず胎盤におけるケトン体の産生場所を特定するため、ケトン体合成に関わる主要な酵素であるHMGCS2の発現を調査しました。その結果、胎児を包む羊膜および胎盤の一部である絨毛において、この酵素が高いレベルで発現していることを見出しました。次に、正常な妊娠経過をたどった妊婦から同意を得て、分娩時に羊水、臍帯静脈血、臍帯動脈血を採取し、ケトン体濃度を測定しました。その結果、羊水中のケトン体濃度が、母体血中の濃度と比較して有意に高い値を示すことが明らかになりました。
【社会的・学術的なポイント】
本研究により、胎児へエネルギー基質を供給する経路として、従来の臍帯静脈に加え、羊水を介したケトン体供給という新たな経路の存在が示唆されました(図2)。これまで、高濃度のケトン体は胎児に有害であるとの懸念が一般的でした。しかし、今回の結果は、胎児が羊水中である程度の高ケトン環境に適応し、さらに高濃度のケトン体が妊娠後期の胎児、特に脳の急速な成長に必須である可能性を示すものです。このことは、例えば妊娠糖尿病の妊婦に対する栄養指導において、厳格なカロリー制限以外の食事療法(ケトン体を意識した食事など)を今後、臨床試験で開発する上で重要な知見となり得ます。さらに、ヒト羊水には、今回注目したケトン体以外にも、胎児の成長に重要な役割を果たすさまざまな物質が含まれていると考えられます。今後は、これらの成分を網羅的に解析する先進的な研究を進め、胎児の発育メカニズムのさらなる解明を目指します。
【論文情報】
論文名:Amniotic fluid as a novel delivery route of 3-hydroxybutyrate during fetal brain development
掲載誌:European Journal of Obstetrics & Gynecology and Reproductive Biology
著 者:Takeo Shibata、Emi Takata、Masahiro Takakura、Jia Han、Sohsuke Yamada、Takumi Satoh
掲載URL: https://doi.org/10.1016/j.ejogrb.2025.114001
【用語解説】
(注1)羊水:妊娠中に子宮内で胎児を囲んでいる液体。胎児の尿や肺からの分泌液から作られる。胎児は一日500〜1000 mLもの羊水を嚥下していると推定されている。
(注2)ケトン体:脂質が肝臓で分解される過程で生成される。アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸、アセトンの総称。飢餓時や糖質制限時などの状況で増加し、グルコースの代替エネルギー源となる。
(注3)臍帯静脈:胎盤から胎児へ酸素や栄養を豊富に含んだ血液を運ぶ臍帯の血管。
■応用生物学部WEB:
https://www.teu.ac.jp/gakubu/bionics/index.html