がんのバイオマーカーとなるゲノムDNAメチル化レベル迅速測定法を開発~在宅がん診断法への応用に期待~
東京工科大学(東京都八王子市、学長:香川豊)応用生物学部の吉田亘教授、土井晃一郎准教授、東京科学大学物質理工学院の田中祐圭准教授らの研究グループは、メチル化DNAに結合するタンパク質に発光タンパク質と蛍光タンパク質をそれぞれ融合させた2種類のタンパク質を用い、がんのバイオマーカーとなるゲノムDNAのメチル化レベルを3分以内に迅速測定する方法を開発しました。本研究成果は、学術誌「Sensors and Actuators B: Chemical」に掲載されました。
【研究背景】
DNAのメチル化とはシトシン(C)とグアニン(G)の連続配列(CpG)中のシトシンの5位がメチル化される反応であり、遺伝子発現制御に関連しております。ヒトゲノムDNAには約2940万か所のCpG配列が含まれており、正常細胞ではこれらの60%~80%がメチル化されております。一方、がん細胞ではこのゲノムDNA全体のメチル化レベルが低下していることから、これはがんのバイオマーカーとして利用できます。これまでに本研究グループでは、メチルCpGに結合するメチルCpG結合ドメイン(MBD)(注1)と発光タンパク質の融合タンパク質を構築し、発光タンパク質とDNAインターカレーター(注2)間で生じる生物発光共鳴エネルギー移動(BRET)(注3)を用いたゲノムDNAメチル化レベル測定法を開発しております(参考文献1-4)。本手法を用いれば試薬を混合するだけで簡便に測定が可能ですが、DNAインターカレーターをゲノムDNAに結合させるために30分の静置が必要でした。そこで、本研究ではMBDに発光タンパク質と蛍光タンパク質をそれぞれ融合させた2種類のタンパク質を用い、発光タンパク質と蛍光タンパク質間で生じるBRETを用いて、3分以内に測定する手法を開発することを目的としました(図1)。

MBD-NlucとMBD-mVenusをゲノムDNAに混合し、1分間静置後、発光基質を添加し、Nlucの発光により励起されたmVenusの蛍光強度(BRETシグナル)を測定することで、3分以内にゲノムDNAメチル化レベルを測定できる。
【研究成果】
MBDに深海エビ由来発光タンパク質を改良したNanoLuc(Nluc)と、Nlucの発光で励起される蛍光タンパク質monomeric Venus(mVenus)をそれぞれ融合させた、MBD-NlucとMBD-mVenusを組換え生産しました。ヒト培養細胞から抽出したゲノムDNAに、この2種類の融合タンパク質を混合し、1分間室温で静置後、Nlucの発光基質を添加し、Nlucの発光により励起されるmVenusの蛍光強度(BRETシグナル)を測定しました。その結果、ゲノムDNAメチル化レベル依存的にBRETシグナルが増加することが示されました。以上の結果より、MBD-NlucとMBD-mVenus間で生じるBRETシグナルを測定することで、ゲノムDNAのメチル化レベルを迅速に測定できることが示されました。
【社会的・学術的なポイント】
本研究により3分以内にゲノムDNAのメチル化レベルを測定することが可能となりました。本手法は検体と試薬を混合するだけで測定可能な簡便な方法であることからも、本手法を用いることで在宅でのがん診断が可能になると期待されます。
【論文情報】
論文名:Global DNA methylation level sensing using methyl-CpG binding domain-fused luciferase and fluorescent protein
著者名:Yuto Shoji, Yuno Ikeda, Rie Rin, Koichiro Doi, Masayoshi Tanaka, Wataru Yoshida
雑誌名:Sensors and Actuators B: Chemical (2025) 438, 137797
U R L : https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0925400525005726
【研究支援】
本研究は、公益財団法人中谷医工計測技術振興財団と公益財団法人村田学術振興・教育財団からの助成を受けて実施したものです。
【用語解説】
(注1)MBD: Methyl-CpG Binding Domainの略で、二本鎖DNA中のメチル化されたCpGに結合するタンパク質
(注2)DNAインターカレーター:DNAに結合して蛍光を発する色素
(注3)BRET: Bioluminescence Resonance Energy Transferの略で、発光タンパク質と蛍光タンパク質が近接することで、発光タンパク質の発光により蛍光タンパク質が励起され蛍光が生じる現象
【参考文献】
(1) Anal. Chem., 2016, 88, 9264
(2) Anal. Chim. Acta, 2017, 990, 168
(3) Anal. Lett., 2019, 52, 754
(4) Anal. Bioanal. Chem., 2019, 411, 4765
■東京工科大学応用生物学部 吉田亘(エピジェネティック工学)研究室
ゲノムDNAやRNA中の修飾(エピジェネティック修飾)や四重鎖構造などの核酸の特殊高次構造に着目し、それらの生体機能の解析や検出方法の開発を行っています。
[主な研究テーマ]
1.疾患関連遺伝子のエピジェネティック修飾塩基測定法の開発
2.人工発光タンパク質を利用したゲノムDNAのエピジェネティック修飾塩基測定法の開発
3.ヒトゲノムDNA中で形成される四重鎖構造の網羅的同定
4.四重鎖構造の機能解析
[研究室ウェブサイトURL] https://yoshida-lab.bs.teu.ac.jp/
■応用生物学部WEB:
https://www.teu.ac.jp/gakubu/bionics/index.html