ローズマリー由来の物質がアルツハイマー病を抑制
東京工科大学(東京都八王子市片倉町、学長:軽部征夫)応用生物学部の佐藤拓己教授らの研究チーム(注1)は、ハーブ・ローズマリー(注2)由来の「テルペノイド・カルノシン酸」(注3、以下カルノシン酸)が、アルツハイマー病を抑制することを発見しました。
本研究成果は、科学誌「Cell Death and Disease」2016年11月24日号に掲載されました(注4)。
図1:認知症の患者数(厚生労働省発表)
【背景】
アルツハイマー病は、老化などによるベータアミロイドと呼ばれる蛋白質の異常蓄積が原因とされていますが、記憶の中枢の海馬を中心に脳に広範な変性が起こる慢性の病気で、全認知症患者の約7割を占めています。
厚生労働省の推計によると、認知症の患者数は2010年時点で全国に226万人、2020年には292万人に増えるとされており、新たな治療法や予防医療の推進が求められています(図1)。
現在臨床応用されている「ドネペジル」や「メマンチン」などの薬剤は、原因となるベータアミロイド蛋白質(注5)の蓄積を抑制しないため、臨床ではこれを抑制する薬剤や食品由来の物質が求められています。
本研究では、ハーブ・ローズマリー由来のテルペノイドである「カルノシン酸」のベータアミロイド蛋白質の沈着と神経変性を抑制する効果について検証を行いました。
図2:海馬でのベータアミロイドの沈着
ところどころに見える青白色の点がベータアミロイド蛋白質の沈着・凝集したものです。カルノシン酸投与群ではこれらが有意に低下しました。
【成果】
マウスのアルツハイマー病モデルを用いてカルノシン酸の認知症抑制作用を検討したところ、カルノシン酸を経口投与すると、脳の特に海馬と呼ばれる神経細胞におけるベータアミロイド蛋白質の沈着が有意に減少することを発見しました(図2)。
また、カルノシン酸はマウスの神経細胞の変性を抑制し、記憶機能を回復させることも確認しました。
これは、カルノシン酸が転写因子*6Nrf2*7(注6)を活性化した結果、ベータアミロイド蛋白質の沈着を防ぎ神経変性を抑制したことを示しています(図3、図4)。
図3:カルノシン酸の神経保護作用
海馬の神経細胞を培養したものです。赤色が神経細胞、青色が核を示します。ベータアミロイドを添加すると、神経細胞が消失しましたが、これにカルノシン酸を同時に添加すると神経細胞の消失が抑制されました。
図4:カルノシン酸のメカニズム
カルノシン酸は転写因子Nrf2を活性化し、ベータアミロイド蛋白質の沈着を抑制します。その結果神経変性を抑制し、アルツハイマー病の予防が期待されます。
【社会的・学術的なポイント】
古くから欧州では、カルノシン酸などの各種テルペノイドを高濃度で含むローズマリーの葉などが食用や薬用に広く用いられてきましたが、本研究によって、ハーブ・ローズマリー由来のカルノシン酸が、アルツハイマー病の予防治療などに応用できる可能性が示さました。
今後は製薬会社や食品会社と連携しながら医薬品や健康食品への応用、新たな治療法の開発などを目指します。
- (注1)...米国シンテロン研究所(Scintillon Institute)スチュワート・リプトン(Stuart A. Lipton)教授らとの国際共同研究。
- (注2)...ローズマリー(Rosmarinus officinalis)は、地中海沿岸地方原産のハーブの一種、シソ科に属する常緑性低木であり、カルノシン酸などの有用物質を高濃度で含みます。食品や化粧品などに使用されます。
- (注3)...テルペノイドは、イソプレンを構成単位とする一群の天然物の総称で、緑色植物や藻類や菌類などが産生します。カルノシン酸はハーブ・ローズマリーが産生するテルペノイドのひとつです。
- (注4)...論文名「Therapeutic Advantage of Pro-Electrophilic Drugs to Activate the Nrf2/ARE Pathway in Alzheimer’s Disease Model」採択日:2016年10月19日。
- (注5)...ベータアミロイド蛋白質:アルツハイマー型認知症において特に海馬や大脳皮質の神経細胞に沈着する蛋白質であり、この沈着が引き金となり、神経細胞の変性が起こるとされています。
- (注6)...転写因子は、DNAに特異的に結合する蛋白質一群で、DNA上のプロモーターやエンハンサーといった転写を制御する領域に結合し、DNAの遺伝情報をRNAに転写する過程を促進あるいは逆に抑制します。Nrf2は酸化ストレスに対抗する酵素群を一括して制御する転写因子で、カルノシン酸によって活性化されます。
■東京工科大学応用生物学部 佐藤拓己(アンチエイジングフード)研究室
アンチエイジングフード研究室は、主に、食に含まれる高機能性をもった物質を探索し、食を通じて体の内側からアンチエイジングを目指す研究を行っています。
具体的には、画期的なメカニズムを持つローズマリー(ハーブ)由来のカルノシン酸やシワヤハズ(褐藻類)由来のゾナロールのアンチエイジング効果に注目しています。
2014年には、褐藻類由来のゾナロールがNrf2の活性化を介して潰瘍性大腸炎を抑制することを証明し、現在食品会社と共同で医用食品の開発を目指しています。
基礎研究では、ミトコンドリアを活性化する体内物質である有機酸のアンチエイジング効果にも焦点を当てています。特にピルビン酸などの有機酸が神経細胞死を抑制するメカニズムを研究しています。
[主な研究テーマ]
1.ローズマリー由来のカルノシン酸の抗認知症作用の研究
2.褐藻類由来のゾナロールの抗潰瘍性大腸炎作用の研究
3.有機酸の神経細胞死の抑制作用の研究
4.ケトン体のアンチエイジング作用の研究
5.神経細胞及びグリア細胞のメタボロームを用いた比較研究
6.動物性蛋白質由来の毒性アミノ酸ホモシステインの神経毒性作用の解析
【研究内容に関しての報道機関からのお問い合わせ先】
東京工科大学 応用生物学部 教授 佐藤拓己
E-mail satotkm(at)stf.teu.ac.jp
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